スペイン,グラナダ旅遊 2013年10月 #1/3

スペイン,グラナダ旅遊
2013年10月
#1/3

ポルトガルのリスボンを出発し、スペインのアンダルシア地方に入り、セビリア、コルドバを経て、アンダルシア最後の訪問地、グラナダに到着した。(下地図)

レコンキスタ(スペインの国土再征服活動)により、コルドバは1236年に、セビリアは1246年に、次ぎ次ぎに陥落した。

イスラム圏に最後まで残ったのが、グラナダを中心とするアンダルシア南部地方のみとなった。

グラナダは、シエラ・ネバダ(SIERRA NEVADA 雪の山脈)のふもとにある街なので、雪解け水などで、みどり豊かな場所である。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

要塞のふもとから、この様な坂をひたすら標高差50mほどを登り、城門(標高780mほど)に至る。途中にみどりに囲まれたレストランがあった。

2013年10月 筆者撮影

アルハンブラ宮殿

グラナダは最後のイスラム王朝ナスル朝グラナダ王国の首都であった。そのグラナダは15世紀まで約780年の間に、アルハンブラ宮殿にみられるような文化的遺産を後世に残した。

さらに、ナスル朝がイベリア半島における最後のイスラーム王朝となったため、キリスト教徒支配地域からの大量のムスリム住民が流入し、わずかの外国人を除き、住民はほぼムスリムという社会となった。

流入した住民には、知識人、手工業者も含まれ、ナスル朝グラナダ王国の人的資源が豊富となった。その結果、経済、文化が発展、軍事力も強化され、アルハンブラ宮殿建設の背景を形作った。

城塞であり、宮殿でもあるアルハンブラは、その大きな領域の敷地に、要塞、兵営区、厩舎、官庁、謁見所、モスク、マドラサ〔学校〕、宮殿、住居、浴場、工房、庭園、墓地 といった様々な施設を備た宮廷都市で、数千人が居住する城塞都市でもあった。ナスル朝の時代の建築とされる。 

アルハンブラ宮殿・城塞都市案内図

2013年10月 筆者撮影

1492年1月2日にグラナダは無血開城した。最後のナスル朝君主は、後にモロッコのフェズへと亡命し、ナスル朝は滅亡した。

2013年10月 筆者撮影

Torre de las Rocas

長い坂道をひたすらあがって行き、高台の上に到達した。そこは砲台になっていた。

2013年10月 筆者撮影

ぶどう酒の門 PUERTA DEL VINO

アルハンブラ宮殿に通じる主要門。ぶどう酒の門、位置は案内図参照。

アルハンブラ宮殿に通じる主要門。ぶどう酒の門(下〕、城内はここから入る。城門の手前にアルカサバ Alcazaba 要塞がある。(上地図参照〕

2013年10月 筆者撮影

アルカサバ Alcazaba 要塞。

アルハンブラ宮殿の最西端側の崖の上にに位置する。

石とレンガ混在の城壁。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

難攻不落の要塞「アルカサバ」兵営区 Alcazaba

イスラム・スペイン王朝の拠点がコルドバにあった頃に、グラナダ防衛のために建てられた「アルカサバ」要塞である。以前のローマ時代の砦の上に建てられたとも言われており、アルハンブラ宮殿のもっとも古い部分である。

アルカサバからの眺望。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

Torre del Adarguero

城壁の周囲には沢山の防衛塔が、一定の間隔をおいてがある。
下写真はその一例である。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

アルハンブラ宮殿主要部

“赤い城”という意味のアルハンブラは、グラナダの丘の上で悠久の時を刻んでいる。

ナスル朝アルハンブラ宮殿の内部は、2つに分けられる。
1) アラヤネスの中庭を中心とする執務を行なう公務スペース「コマレス宮」(上、下図)と、

2) ライオンの中庭を中心とした王族が暮らすプライベートスペース「ライオン宮」〔後述)である。

アルハンブラのコマレス宮  Palacio de Comares de Alhambra

アルハンブラ宮殿の中心部。アンダルシア最後のイスラム王国・ナスル朝の時代の建築とされる。王の偉大さを誇示する建物である。

メスアールの中庭
コマレス宮の中心のアラヤネスの中庭に入るには、メスアールの中庭を通る。
その入り口部分メスアールの中庭の写真。

2013年10月 筆者撮影

アラベスク模様の腰壁のタイル。

2013年10月 筆者撮影

入り口前面のひさし屋根と窓。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

メスアールの間 天井

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

コマレス宮のアラヤネスの中庭 / Patio de los Arrayanes

入り口を入ると中庭がある。後ろにコマレスの塔を控え、水を湛えたプールのあるアラヤネスの中庭である。高台に満々と水を湛えるプール。権力の象徴として。コマレスの塔の下に大使の間〔後述)があります。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

この写真は、コマレスの塔の正反対のエレベーションで、入場者はこちらから中庭に入ります。

2013年10月 筆者撮影

入場者が入り口アーケードの下に固まっているのが見えますね。

2013年10月 筆者撮影

大使の間(コマレス宮) THE HALL OF COMARES

王に謁見するために訪れた大使が通される部屋です。アルハンブラ宮殿最大の広間です。高窓からのやわらかい採光、見事な窓と壁の装飾、壁に刻まれているコーランのアラビア文字は、見るものを圧倒します。 

2013年10月 筆者撮影

こちらは、床の足元を照らすための採光窓。

2013年10月 筆者撮影

天井の精緻な芸術作品である彫刻

ここに間接採光が届くよう計算し、連続窓が壁の最上部に設けられています。

2013年10月 筆者撮影

これらのすかし窓、何回見ても飽きないですね。

2013年10月 筆者撮影

各々の窓〔開口部)は、その目的・機能に従い、形状・大きさ・細部のデザインがなされていることがわかる。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

アラビア文字の書体が、壁の装飾デザインと一体化している。

2013年10月 筆者撮影

写真 筆者撮影 2013年

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