ENG | JAP
スペイン, グラナダ旅遊
2013年10月
#2/3
筆者はアンダルシア地方、セビリア・コルドバ・グラナダは1968年に、ブラジルからの帰国旅行の途中、訪れたことがあった。今回は2度目の訪問であった。
アルハンブラ宮殿。
アルハンブラ宮殿(ナスル朝宮殿)(前述:スペイン,グラナダ旅遊 2013年10月 #1/3)は、メスアール宮、コマーレス宮、ライオン宮の3つの宮殿からなる王宮です。
この中でも、後述する王の私的住まいのライオンの宮殿は、スペイン・イスラム芸術の粋を集めた最高傑作のひとつでもあり、「イスラム建築の華」と称される。
壁を彩るアラベスクには、木々や花々、アラビア語の詩やことば、コーランの一節が模様として刻まれ、各部屋には、大理石の床や透かし彫りの窓、天井にはムカルナス(乳石飾り)と呼ばれる氷柱のような装飾が施されている。
アルハンブラのライオン宮殿 世界遺産
ライオンの宮殿の位置図、コマレス宮の東隣に隣接。

コマレス宮の中庭(アラヤネスの中庭)から細い通路を通り、ライオン宮殿のライオンの中庭に入る。

アルハンブラのライオン宮殿の中庭。
ライオンの中庭の中央には、12頭のライオン像に支えられた噴水があり、周りにはアラベスク模様で飾られた124本の大理石の柱が並んで、4周の回廊の屋根を支えている。

2013年10月 筆者撮影
よく手入れされた緑の植栽が、左右対称に4隅に配置され、程よいアクセントになっている。建物の背景には、リンダラハ庭園〔後述〕の糸杉が、借景の役目をしている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
この圧倒的なアラベスク模様 !!

2013年10月 筆者撮影
ライオン宮殿の中庭を囲む建物を観察する。床は、思い切って前面白大理石で覆われています。その周りに、これ以上細く出来ないと思われるとても極細な白大理石の列柱がイスラム・アーチを支えている。アーチは薄いピンクがかかったベイジュ色の天然性だ。その上に、くすんだ濃い茶色系の屋根瓦を載せていて、屋根の軒は黒っぽい影を作っている。
建物の下部を明るくし、上部が暗く重くなるように演出されている。この感覚はユニークであり、発注者と設計者の並々ならぬ力量を感じさせる。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
王の居住空間として建設されたのが、ライオン宮である。宮殿屈指の美しさを誇るライオン宮の中庭のハイライトは、十字に走った水路である。十字水路の中央には12頭のライオンによって支えられた噴水がある。12頭のライオンの口からは水が流れ、その水は十字形の水路を通じて南北東西、四方の部屋へ運ばれている。
これは、斬新なアイデアであると同時に、発注者や設計者が如何に水を大切な要素として考えていたことがわかる。
なをライオンの彫刻に関していえば、これを彫った彫刻家・職人は、もしかして実物のライオンを見たことがなかったのかもしれない。なにか架空の動物のようだ。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
ムカルナス
ムカルナスは小さな尖った窪みが層を成して繰り返す形式で、煉瓦、石、漆喰などで作る。ドーム・アーチ・ヴォールトの下面などに使われる。(下)
ムカルナスは、鍾乳石の丸天井を意味するアラビア語で、窪みのような要素が層を成して並んだ立体的な建築装飾である。単純な幾何学的要素を数種類繰り返したものである。
ムカルナス (アラビア語=MUQARNAS)
ムカルナスは、イスラム建築で、鍾乳石状、蜂の巣状に小さな曲面を集合させて凹曲面を 作りだす建築技法である。
天井曲面やアーチ曲面によく用いられる。イスラム建築に特有なもの。偶像崇拝や写実的表現を禁ずるイスラム世界で13世紀後半から15世紀にかけて大流行した。
ムカルナスはイスラム教徒が持つ独特の美意識や精神性を形に表したものであるといってよい。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
アベンセラヘスの間の天井 Sala de los Abencerrajes
中庭南接のアベンセラヘスの間は、王の寝室です。天井には、鐘乳石飾りの豪華な装飾が施されています。高窓からの採光が、神秘的な空間を作り出している。

2013年10月 筆者撮影
二姉妹の間 Sala de las dos Hermanas
北側にあるのは「二姉妹の間」。このエリアでもっとも古い建物です。アベンセラッヘスの間の向かいにある。8角の天井は、星や花がモチーフになっているものが多く、鍾乳石で精巧につくられている。朝起きて先ずこの天井を見て、幸福感を味わったに違いない。

2013年10月 筆者撮影
Sala de los Mocárabes
宗教建築であるメスキータは権力者が建設を命じて荘厳なものであり、その建物を使うのは民衆であり公的なものである。一方アルハンブラ宮殿は限られた 人しか出入りできず、外から様子をうかがうこともできない。
この違いから、聖なるメスキータの装飾は公に対するもの(権力の強調)であり、アルハンブラ宮殿 の装飾は私的で芸術的なものであることが分かる。

2013年10月 筆者撮影
グラナダ・ナスル朝の最後の君主は、レコンキスタ勢との戦いを避け、モロッコに撤退することにより、無血開城の道を選んだ。この名誉の撤退により、アルハンブラのイスラム建築遺産が、破壊を免れ無傷の状態で、今日まで残った。そのおかげで、500年以上経った今でも15世紀の宮殿建築を鑑賞することができる。君主は亡命したが、その見返りに人類に大きな遺産を残したと言える。
MIRADOR DE LINDARAJA 世界遺産

リンダラハの中庭は、
ライオン宮に隣接し北端にある良く整えられた庭園である。

2013年10月 筆者撮影
リンダラハのバルコニーでは、美しい2連窓から緑溢れる中庭が見渡すことができます。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
リンダラハからは、イスラムの町並みが残るアルバイシン〔後述)が一望できる。

2013年10月 筆者撮影
ハマム(浴場)Hammam 世界遺産
ハマム(浴場)のドーム屋根。 アラブ浴場、ハマムは、アラブの征服者たちがシリアで見つけたギリシャやローマの浴場に由来しているとされる。縦横の小さな天窓から採光をしている。

2013年10月 筆者撮影
貴婦人の塔 Partal Palace Palacio del Partal 世界遺産
ナスル朝宮殿を出てしばらく歩くと、貴婦人の塔とバルタル庭園があります

貴婦人の塔は、アラブ人が統治していた時代において、アルハンブラの中で最も古い装飾が施されている。当初は五つのアーチが使われていたことから「パルタル(Partal、柱廊という意味)」と呼ばれてた。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
アルバイシン地区 世界遺産
貴婦人の塔 Partal Palaceからは、イスラムの町並みが残るアルバイシン〔後述)が一望できる。

2013年10月 筆者撮影
イスラムの町並みが残るアルバイシン。
イスラム教徒がかつて住んでいたエリアで、グラナダ最古の町並みが広がる「アルバイシン」は、世界遺産にも登録されている美しい場所です。
海抜700~800mの小高い丘に位置し、白壁の家がつらなる景色は貴婦人の塔からもよく見える。この白く美しい家や狭い小道が方々に広がっているのは、レコンキスタのグラナダ陥落の際には、敵の侵入を防ぐため。今でも迷路のようで、坂道のままなので、ガイドなしに散策すると迷子になる。

2013年10月 筆者撮影
アルバイシンの迷路の一角に観光客向けのフラメンコの音楽と舞踏を披露する施設〔後述)がある。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
Las Placetas de Carlos V カルロス5世宮殿
ハプスブルグ家出身のカルロス5世が建てたルネッサンス様式の宮殿の外壁。2階は図書館となっている。

2013年10月 筆者撮影
カルロス5世宮殿の建設は、後になって1527年に建築が始まり、終わったのは1957年であった。外観は正方形、中庭は円形のルネッサンス様式の建物は、アルハンブラにはマッチしていない。無理やり後で王宮に挿入した感のある建築物だ。

2013年10月 筆者撮影
円形の広場を囲む回廊の天井は、写真のごとし。あまりにも美的な配慮に欠けている。

2013年10月 筆者撮影
コルドバのメスキータではイスラム文化とキリスト文化の融合は成功したが、アルハンブラでは巨大で、無機質な建物を残したのみで、失敗の建造物である。アルハンブラ宮殿の緻密で繊細なアラベスク模様と、大味なカルロス5世宮殿はやはり融合することが出来なかった。
写真 筆者撮影 2013年10月