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インド紀行 1993
#16
タンジャブール
3度目のインド
1993年になって、インターネット化の波が高まってきた。筆者の事務所でも文書はタイプライターで秘書が作成していた。インターネットでのメールのやり取りが始まり、筆者も生まれて始めてキーボードをたたく必要に迫られた。
なれないキーボード入力とモニターとのにらめっこは、日々の仕事上のストレスを増加させた。そこで、ストレスと肩こりを軽減するため、正反対のアナログの行動に没頭したいと思っていた。たまたま茶道の作法をシンガポール大学で教授されていた先生と知り合いになった。
同じ頃、3度目のインド旅行を計画していて、茶道教授の夫人も同行することになり、一行3人の旅になった。全行程は以下の地図の如くとなった。〔下〕
チェンナイ>タンジャヴール>マドライ>コチ>ティルヴァンドゥラム>ゴア>ムンバイ.

タンジャヴール
インド南部、タミルナドゥ州の古都。英名タンジョールTanjore。人口25万。タミール州の主要河川のひとつカーベリ川中流右岸に位置する。下流には肥沃なカーベリ・デルタがベンガル湾まで広がる。「南インドの穀倉」といわれるの要地に位置する。10世紀初頭から14世紀初頭にかけてチョーラ朝の都が置かれ、タミル文化の中心地として栄えた。

ユネスコ世界遺産 ブリハディシュワラ寺院
Brihadisvara Temple, Thanjavur
インドのチェンナイから南南東350キロのところに、タンジャヴールという聞きなれない町がある。そこに昔インド南部を治めたチョーラ朝時代のヒンズー宗教建築があることを知り、訪れることにした。
その寺院とは、11世紀につくられた壮麗なブリハディシュワラ寺院である。1987年に世界遺産に登録された。
このタンジャヴールの町も、インドの他の都市と同様に、騒音全開のごみごみとしたところである。この町に世界遺産であるということは、想像も出来ない。だが、実際訪れてみると、建築家好みの豊かな造形美を持った寺院域があった。説明書によると1010年に完工したとある。日本では、平安時代の後期であり、宇治の平等院が完成する40年ほど前の建築遺産である。
ブリハディシュワラ寺院の位置図。

ブリハディシュワラ寺院は、全体が約75メートル×150メートルの高い防御壁を背負った回廊で囲まれている。東西の中心軸線上に東から、ゴプラム、ナンディ〔象〕祠堂、2つのマンダパ(礼拝堂)、前室、聖所が並べられている。その建築の規模や芸術性から南方型ヒンドゥー教寺院の頂点と評される。
この寺域をより良く理解するため、鳥瞰のスケッチをしたためた。
右が東方向、左が西方向である。

イラスト 筆者作成
北側の防御壁のメインテナンスが行われていた。

写真 筆者撮影 1993年
第一のゴプラム。南東部の城壁より写す。防護壁の手前は堀になっている。
現在は空掘りになっている。

写真 筆者撮影 1993年
第一のゴプラム
王が建てた、ケラランタカン(Keralantakan)の聖なる御門。東に面している。

写真 筆者撮影 1993年
喧騒の町から寺域の山門ゴプラムをくぐると、中は別世界の領域である。建物を構成する石の素材がよく、原形が忠実に保たれている。

写真 筆者撮影 1993年
王が建てたケラランタカン(Keralantakan)の聖なる御門。内側〔西側)より。

写真 筆者撮影 1993年
ブリハディシュワラ寺には、11世紀のタミールとサンスクリット両語の文字が彫られた石版がある。

写真 筆者撮影 1993年
しゃれた石工の仕事の跡を発見。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
第二のゴプラム

写真 筆者撮影 1993年
内苑の門である、第二のゴプラム。聖なる御門。第一のコブラムより写す。

写真 筆者撮影 1993年
第二のゴプラムを潜り抜けると、そこは広場になっている。手前にナンディ〔象〕マンダパム(Nandi mandapam)、中には象の彫刻が祭られている。その奥に重なって見えるのが、この宗教施設の本殿である。

写真 筆者撮影 1993年
第二の門を出た広場からふり返って、第二の門を撮影。

写真 筆者撮影 1993年
ナンディ・マンダパム(Nandi mandapam)
ここまで来て、ナンディ・マンダパム(Nandi mandapam)の横から、ブリハディシュワラ(Brihadeeshwara)寺の本殿 Sri-vimanaの導入部に達する。 この1,000年前に建てられた Brihadeeshwara Templeは、25トンの石のドームの上にさらに50トンの御影石が収まっている。1000年以上前に、この50トンの原石を、どの様にして60mの高さまで運び上げたかは解っていない。

写真 筆者撮影 1993年
ナンディマンダパム(Nandi mandapam)。巨象の彫像が中央に見える。天井にはシンボリックな宗教画が絵がかれている。宗教的気持ちが高まるしかけになっている。

写真 筆者撮影 1993年
ナンディマンダパムの一本柱。

写真 筆者撮影 1993年
入り口階段の象の彫刻。建物と彫刻が一体となり、寺院の統一感を表現している。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
主拝殿 Sri-vimana
本殿Sri-vimanaを西側から撮影。御影石のカタマリそのものである。

写真 筆者撮影 1993年
参拝を終えた人々が、主拝殿側面の出口から広場に出てくる。階段脇の曲線が美しい。

写真 筆者撮影 1993年
参拝者のグループ、主拝殿から出てきた。

写真 筆者撮影 1993年
主拝殿サイドの出口に、立派なシヴァ像。この像だけで、どの位の金銭的な価値があるのだろう。秀逸な彫刻である。

写真 筆者撮影 1993年
主拝殿の内部天井。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
主拝殿内室と聖所
カルヴァライ(内室) はタミール語で 「胎児の部屋」(つまり子宮)を意味する。この扉の奥の最奥中心部スペースはガルバグリア garbha griha (聖所)と呼ばれる。その真上に、巨大な塔(シカラ)が建立される。この扉の奥は、聖職者のみ入ることが許される。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
Subrahmanyar shrine
Subrahmanyar shrine は、本殿の北側の広場に位置している。本殿の付属の建物して、この建築も魅力的で、小ぶりながら存在感がある。

写真 筆者撮影 1993年
Subrahmanyar shrineと本殿Sri-vimanaとの連結部分。そこに快適そうな空間を発見した。そこには、観光客に煩わされることなく、瞑想する参拝者がいた。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
本殿Sri-vimanaの裏側の広場に、唯一の大樹が影を作っている。
参拝を終わった人々が憩いを求めて集まっている。とても平和な安らぎの光景が、ここにある。

写真 筆者撮影 1993年
回廊の背面は、どっしりとした防御壁に囲まれている。

写真 筆者撮影 1993年
庇屋根の立体曲面
石造の庇屋根の立体曲面が美しく造形されている。このヒンズー建築独特な造形技法は、インド各地の乾燥地帯で見ることが出来る。

写真 筆者撮影 1993年

写真 筆者撮影 1993年
優雅な石造りの曲線とそのディテール。鑑賞に値する。

写真 筆者撮影 1993年
階段のステップは、大きな石を丸ごと使用。このシンプルさが気持ちよい。

写真 筆者撮影 1993年
シヴァ・リンガとヨギが2セット、側面の防御壁沿いに置かれている。

写真 筆者撮影 1993年
インドの古代文字の様だ。。

写真 筆者撮影 1993年