ヨーロッパ周遊 4ヶ月 #6/9 1968年

ヨーロッパ周遊
4ヶ月 #6/9 
1968年

北欧諸国

北極圏へ

1968年9月 北欧諸国周遊の旅のルートマップ

ハンブルグ>列車中泊22>ストックホルム

1968年9月1日 ストックホルム

9月1日 ストックホルム。ヨージ・笠島さん訪問。ストックホルム郊外の湖をモーターボートで小島へ。スエーデンの建築事情のを教えてもらう。

スウェーデン在住の日本人建築家に出会った。仕事場はストックホルムで住居は近郊の小島にあり、モーターボートで往復してるとのことで、自宅を案内をしてもらった。チョット考えられないライフスタイルで印象に残った。(冬に氷が張るとそりを使って通勤するとの説明があった)。

ストックホルム郊外の小島, 1968年9月1日 筆者撮影

バルト海フェリー航路

18;30 ストックホルム発フィンランド・トゥルク経由でヘルシンキ行きの連絡船に飛び乗る。赤松氏と船上甲板で出会う。

夕方にヘルシンキ行きのフェリー船の甲板に出ると、東洋系の人物がいたので声をかけると日本人であることがわかった。彼は東京の大学の建築科を卒業し、南ドイツのウルムに留学していて、フィンランド建築の見聞に行くとのことで、意気投合し道中を共にした。

その後ヘルシンキでは、一緒にアパートに下宿し、フィンランド建築の見学と当時日本ではめずらしかった三重窓の詳細図やサウナ設計の図書の購入などを行った。そのためドイツとフィンランドを数回往復した。

スウェーデン国旗がたなびくストックホルム発ヘルシンキ行きのバルト海フェリー船の甲板。
1968年9月1日 筆者撮影

ストックホルム発ヘルシンキ行きのバルト海フェリー航路

バルト海フェリー航路のルート 

1968年9月2日 ヘルシンキ港
9月2日 ヘルシンキ港に早朝着く。13;30 建築家協会ラルモ氏。大聖堂、アレキサンダー2世像。オリンピックスタジアム、ジム を見学。

1968年9月3日 ヘルシンキ
9月3日 ヘルシンキ Blomktedt (Tapiola)  Heikki Siren (Lauttasaari)

ラウッタ島 Lauttasaari

海に囲まれた自然豊かな島=ラウッタサーリ。島といってもメトロも通っていて、ヘルシンキ中央駅から3駅でラウッタサーリ駅に到着。アパートメントのすぐそばに森が広がっていて、その森を抜けると海が広がっていたラウッタサーリ。

1968年9月3日 筆者撮影

アアルト・ハウス/自宅兼事務所(ヘルシンキ)

アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto/1898-1976年)は、フィンランドが生んだ20世紀を代表する世界的な建築家、デザイナーとしてよく知られている。
北欧の近代建築デザインの第一人者。建築に加えて、家具、照明器具、食器など日用品のデザインを幅広く手がけていた。

1968年9月3日 筆者撮影

9月4日 ヘルシンキ Lundsten (Karhusaari) Ruusuvuori Juhani Katainen
Karhusaariは ヘルシンキ近郊の島

ヘルシンキの建築家夫妻, 筆者撮影

ヘルシンキの建築事務所

フィンランドの高速道路, 1968年9月5日 筆者撮影

9月5日 ヘルシンキ

9月6日 ヘルシンキ 11;00 Ruusuvuori Korhonen

9月7日 ヘルシンキ Tapiora Bromstedt Ervi Korhonen Ruusvuori Otamieni Aarto Muratosaaro Tivori

9月8日 ヘルシンキ Hivinkaja Ruusvuori

9月9日 ヘルシンキ Aarno Eevi Rengt Jundusten

ストックホルム

1968年9月10日  
ストックホルム 8;30着、王宮など市内見物。ストックホルム16;55発

ストックホルム市街地
1,ストックホルム市庁舎 2,王宮 3,ストックホルム中心街 
4,スカンセン 野外博物館 5,ヘルシンキ行き波止場

1,  ストックホルム市庁舎

ここでノーベル賞受賞者の晩餐会がもようされる。

ストックホルム 市庁舎, 1968年9月10日 筆者撮影

2  王宮

ストックホルム, 1968年9月10日 筆者撮影

3  ストックホルムのメインストリート

ストックホルム中心街の建物, 1968年9月10日 筆者撮影

再びストックホルム

9月14日 ストックホルム 団地の見学、スカンセン。ストックホルム21;00発

4. スカンセン 野外博物館

スカンセンスウェーデン初の動物園及び野外博物館

ハゼリウスはスウェーデン中を旅して、約150の家屋を購入した。これらを解体しては船で運び、敷地内で再び組み立てて伝統的なスウェーデンの風景を再現した。来園者は全ての建物に入って、かつてのスウェーデン各地の暮らしを垣間見ることができる。
これらの建物は、中央ヨーロッパの石造りのそれとは異なり、木造の建物であるので日本古来の建築と共通する。当時のヨーロッパの北の僻地の人達はこの様な木造の家に住んでいたのだ。

ストックホルム・スカンセン 野外博物館, 1968年9月14日 筆者撮影

5,ヘルシンキ行き波止場

ストックホルム 水辺の倉庫群, 1968年9月10日 筆者撮影

9月10日ストックホルム16;55発>列車中泊23>9月11日キルナ13;00着

ストックホルムから北へ1,200㎞、北極圏へ行く。

ストックホルムからスウェーデン北部の北極圏を訪れることにした。走行距離は約1,200㎞、東京ー札幌間に相当する。所要時間は約20時間の列車の旅となった。車内は清潔だった。

日が明けても列車は北欧の白樺の森をひたすら進み、南欧のそれと違い車内の乗客は静寂そのものであった。ところが、その後車内の雰囲気は一変した。途中の駅から団体のグループが乗車してきた。すると、車内の静寂さは一変、にぎやかになった。団体客の会話は車窓とは似つかわしくないスペイン語であった。

北欧の車窓の白樺林と無口な乗客。南欧の車窓のオリーブ畑とおしゃべりなスペイン語やイタリア語。同じヨーロッパでも、これだけ違う!

キルナ(スウェーデン)

9月11日 キルナ 13;00着 ラップランドの中に忽然と出現する新しい都市。ナルヴィっク21;12着。ユースホステル泊。

キルナは、北緯67.8558° スウェーデン北部、北極圏にある鉄鉱山。良質鉱石、磁鉄鉱で有名。埋蔵鉱量20億トン以上。1885年から採掘を始め、20世紀に入り急速に発展した。鉱石はラップランド鉄道により、ノルウェー側大西洋に運ばれ輸出される。(スウェーデン側バルト海は不凍港がない)

キルナの町は、当然ながらツーリストはまれである。そんな最果ての北極圏の場所でアメリカ・カリフォルニアからの3人の若者に出会った。

1968年9月11日 筆者撮影

ナルヴィック港(ノルーエー)

9月11日 キルナ 13;00着 ラップランド中に忽然と出現する新しい都市。ナルヴィっク21;12着。ユースホステル泊。

フィヨルドに位置するナルヴィクは不凍港で、水深が深く大型船舶が横付け可能なため、使い勝手が良い。フィヨルドは深く陸地に食い込んでいる。夕日がとても美しい。港周辺やフィヨルド内には第2次世界大戦中に沈没した船舶が多数残っている。

フィヨルドに沈む太陽、午後3時頃, 1968年9月11日 筆者撮影

ナルヴィック港。巨大なベルトコンベヤーと鉄鉱石積荷船。

ナルヴィック港。巨大なベルトコンベヤーと鉄鉱石積荷船。 
1968年9月11日 筆者撮影

9月12日 ナルヴィっク13;30発・バス・ファウスケ21;10着。・ファウスケ21;30発

9月13日 トロンドハイム9;10着 トロンドハイム10;40発 オスロ21;15着 オスロ23;15発

オスロ近郊の車窓風景。

ノルウエー 車窓風景, 1968年9月13日 筆者撮影

日本の山梨県や長野県の山間の車窓風景に酷似している。

ノルーエー 車窓風景, 1968年9月13日 筆者撮影

9月13日オスロ23;15発>列車泊24>9月14日ストックホルム7;15着

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