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ネパール紀行
1991年1月13日~15日
#1/4
カトマンズで合流する
標高10mにも満たないシンガポールからコルカタで乗り換え、標高1,400 mのカトマンズに向かい、ネパールで東京から来る友人家族と合流する旅行プランを立てた。
インターネットやスマホもまだ無かった1991年に、どのようにお互いに旅程を組み、落ち合う時間と場所を実現出来たのかは覚えていない。

カトマンズのトリブバン空港は周囲を高い山に囲まれているためその立地条件から離着陸が難しい空港だと言われていたのは知っていた。当時、空港にはレーダー施設がなく、着陸の際には無線連絡と目視にのみ頼っていたことが問題視されていた。
2年後の1992年には、タイ航空とパキスタン航空の着陸失敗による墜落事故が続けて2件発生した。ネパール政府の要請により日本のODAの一環としてレーダー施設の設置工事が行われ、管制官の訓練や老朽化した施設の修復も行われた。
カトマンズとヒマラヤ山脈。そしてエベレスト山とマナスル山。

ホテル客室にチェックイン
少し古ぼけたホテルであったが、立地が良いのでここにした。

1991年 筆者撮影
カトマンズの標高は1,400 m。一月上旬なのでとても寒い。
日中は20℃程度だが夜は5℃ぐらいになる。

1991年 筆者撮影
ホテルのレストラン
東京発の家族とシンガポール発の家族、予定にたがわずネパール・カトマンズのホテルで無事合流して、早速ネパール料理を楽しむ。

1991年 筆者撮影
カトマンズは盆地であり、周りは山に囲まれている。

1991年 筆者撮影

1991年 筆者撮影
カトマンズ市街地と見どころ。

ホテルを出て地図を頼りに街なかをひたすら歩き、異なる文化に心と体を慣らしてゆきます。

1991年 筆者撮影
人間と家畜の距離がとても近い。

1991年 筆者撮影
お土産屋さんが見えてきた。

1991年 筆者撮影
小さな路面店

1991年 筆者撮影

1991年 筆者撮影

1991年 筆者撮影

1991年 筆者撮影
菩提樹とレンガ壁が共存している。

1991年 筆者撮影
路上で客待ちする人々

1991年 筆者撮影
沢山の人々が集まる広場に出た。

1991年 筆者撮影
狭い雑踏にトラクターが入って来た。

1991年 筆者撮影
こちらは人力の運搬者のお通り。

1991年 筆者撮影
宮殿の一部であったであろう凝った建物の一階部分に、店舗が連なっていた。

1991年 筆者撮影
自転車での運搬者のお通り。

1991年 筆者撮影
通りには車はほとんどないので、観光のそぞろ歩きには理想的な街である。

1991年 筆者撮影

1991年 筆者撮影
写真 筆者撮影 1991年1月