スペイン, バルセロナ旅遊 2013年10月 #2/3

スペイン, バルセロナ旅遊
2013年10月
#2/3

アントニオ・ガウディ

アントニオ・ガウディ(1852-1926)は、カタルーニャ出身の建築家で、アールヌーヴォ-(モデルニスモ)期にバルセロナを中心に各種の作品を残した。

ガウディが学んだ当時のバルセロナ建築学校校長は、ガウディについて「彼が狂人なのか天才なのかはわからない、時が明らかにするだろう」と言ったと伝えられる。1883年にはサグラダ・ファミリアの専任建築家に推薦される。

サグラダ・ファミリア  LA SAGRADA FAMILIA

これまでのスペインの各都市の大聖堂建築の訪問をしてきた。
セビリアやコルドバのモスクの跡に建てられたもの、マドリードやトレドのゴシック大聖堂、バルセロナ・ゴシック地区の大聖堂等である。

サグラダ・ファミリアは、上記の大聖堂との大きな違いは、民間カトリック団体「サン・ホセ教会」が信者の喜捨により建設する教会として計画したのが始まりであることと、設計者に当時は無名であったアントニオ・ガウディを起用したことである。

サグラダ・ファミリアへの案内板。

2013年10月 筆者撮影

聖堂入り口で入場のチェック

観光客の拝観料が建設の継続資金の助けになっている。

2013年10月 筆者撮影

完成予想の実物模型。入り口近くに陳列されていた。
この時点で出来上がった建物は4分の3ぐらいであろうか?

2013年10月 筆者撮影

右側(南側)のFacada de la Gloria(栄光のファッサード)は未完成、工事中である。完成後はこちら側が正門になると予測する。

2013年10月 筆者撮影

東側の「生誕のファサード」

反対側で3台のクレーンが稼動し、工事が継続中である。

2013年10月 筆者撮影

ガウディの建築は自然界に存在する生物的な曲線を応用した建築が特徴である。自然界には直線を見ることがないので、建物全体にわたって、直線が用いられていない。その設計手法は独自の構造力学的合理性を基にしている。

そのため、物語性に満ちた細部の彫刻・装飾を多用しても、構造体に自然にマッチするように造られている。その独創的なデザインは多くの建築家や芸術家に影響を与えた。

2013年10月 筆者撮影

生誕のファサード

サグラダ・ファミリアの中で唯一ガウディの生前に作られた部分である。
入り口は3つの門によって構成され、左門が父ヨゼフ「希望の門」、中央門がイエス「慈愛の門」、右門が母マリアを象徴する「信仰の門」となっている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

生誕のファサード側の4っの鐘楼。

2013年10月 筆者撮影

「慈愛の門」。ここから聖堂に入る。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

中央の門を構成する柱の土台には変わらないものの象徴として亀が彫刻されている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

聖堂の柱の配置図。

2013年10月 筆者撮影

上図の柱の配置図と下図の柱の構成案内を比べてみると、次ぎの様になる。

オレンジ色の柱。計12本、直径2.1m 材料は 斑岩(Porphyry)
灰色の柱。計10本、直径1.75m 材料は 玄武岩(Basalt)
水色の柱。計8本、直径1.4m 材料は 花崗岩(Granite)
白色の柱。計6本、直径1.05m 材料は 砂岩(Sand Stone)

異なる柱の材質と太さを組み合わせて、細心の注意を払い聖堂の構造を設計したことが理解できる。(上と下)

2013年10月 筆者撮影

聖書の中の記述の一部を、世界各国の言語で表した銅版。

2013年10月 筆者撮影

「慈愛の門」

ここから聖堂に入ると側廊があります。側廊の北の端、突き当たりに螺旋階段があります。この階段は鐘楼の上まで通じています。登りはエレベーターがあるようです。

2013年10月 筆者撮影

主祭壇には十字架に磔されたキリスト像が掲げられています。
その下に礼拝中の信者さんが、お祈りをしています。観光客も混じっています。
聖堂内は荘厳な雰囲気で観光客は静かに行動をしています。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

十字架磔刑像

ブドウの房で縁取り装飾がなされています。照明の小さなランプがかわいらしい。

2013年10月 筆者撮影

「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない」 ガウディは自然の中に最高の形があると信じていた。

2013年10月 筆者撮影

主祭壇の手前にある柱上部の節目には、生き物の絵と文字が描かれています。
これは四つの福音書を書いた4人のエヴァンゲリストの印。
赤はマルコで獅子、緑はルカで牛、青はヨハネで鷲、黄はマタイで天使がそれぞれ描かれているそうです。

2013年10月 筆者撮影

樹木をモチーフにした巨大な柱は上部が枝分かれをし、クーポラ(丸屋根)の重みを分散して支えている。見事に構造的な均整がとれ、重力を支えている。

天井のギザギザ・デザインは、殉教のシンボルであるシュロの葉を表現している。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

聖堂の平面図を見ると、一見は典型的なラテン十字の三廊式であるが、それ以外は伝統的な聖堂とは全く異なる空間表現になっていた。
確かにこのガウディ作の聖堂は、世界でオンリー・ワンの宗教建築と云ってよい。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

手すりのデザイン。すぺてが曲線で構成されている。

2013年10月 筆者撮影

地下に降りる。地下には広い設計監理事務所兼工房がありました。

2013年10月 筆者撮影

建物の模型を制作している技術者や職人が仕事をしています。

2013年10月 筆者撮影

地下は作業所で、美術館も兼ねています。

2013年10月 筆者撮影

ガウディは、設計段階で模型を重要視し、設計図をあまり描かなかった。
設計図は役所に届ける必要最小限のものを描いたのみである。
彼の模型や設計図といった資料はスペイン内戦で多くが焼失したが、焼失を免れた数少ない資料を手がかりに、現在のサグラダ・ファミリアの工事は進められている。

2013年10月 筆者撮影

この地下室の作業所には、日本人彫刻家も参加しているとのことだった。

2013年10月 筆者撮影

以下、建築模型展示物の数々。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

これは、錘と糸を利用したサグラダファミリアの逆さ吊り模型「フニクラ」です。ガウディは複雑な計算を行わず、自然な曲線を描き力学的に安定したフニクラを利用して設計をした。この模型を上下逆にすると、サグラダファミリアの形になる。

コンピューターはなく、デジタル構造解析も出来ない時代に、模型を唯一の頼りに工事に取り掛かった勇気に賛賞する。

2013年10月 筆者撮影

ガウディの晩年。

ガウディは後半生を熱心なカトリック教徒として過ごした。1914年以降、彼は宗教関連以外の依頼を断り、サグラダ・ファミリアの建設に没頭し全精力を注いだ。

しかし、親族や友人の相次ぐ死によるガウディの仕事の停滞と、バルセロナ市が財政危機に見舞われたことによってサグラダ・ファミリアの建設は進まず、同時に進めていたコロニア・グエル教会堂の建設工事は未完のまま中止されてしまう。

さらに1918年、今まで沢山の仕事の機会を与えてくれたパトロンのグエイ氏が死去した。1918年から1919年のころは第一次世界大戦とスペイン風邪大流行のパンでミックの時期であったが、それらも乗り越えてサグラダ・ファミリアの建設は少しずつ継続的に進められた。

1926年、ガウディはミサに向かう途中、眼鏡を家に忘れ、段差に躓き転倒、そこに通った路面電車に轢かれた。晩年身なりに気をつかわなかったため、浮浪者と間違われて手当てが遅れ、事故の3日後に73歳で息を引き取った。遺体はサグラダ・ファミリアに埋葬されている。 終生独身者であった。

続けられる工事と完成予定。

「まだ未完成なのに世界文化遺産?」と思うかもしれませんが、それほどこの工事中の建築は文化遺産としての価値を国際的に認められ、「アントニ・ガウディの作品群」を構成する物件の一つとして登録されている。

かつては完成まで300年はかかると予想されていた工事だが、スペインの経済成長や拝観料収入などに支えられて進捗は加速している。さらには21世紀に入ってから導入されたデジタル技術を採用し、3次元構造解析技術と3Dプリンター使ったシミュレーションにより建設のスピードが早まった。2026年の完成予定が現実すれば、1980年代に見込まれた約300年という建築期間はその後の30年で半減し、約144年の工期で完成することになる。

写真 筆者撮影 2013年10月。

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