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スペイン,トレド旅遊
2013年10月
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トレド(Toledo)はマドリードから南に71kmの距離にあり、鉄道と高速道路の双方でアプローチが可能だ。前回1968年の訪問は鉄道で来たが、今回は観光バスでやってきた。

トレドはタホ川の流域にある。
丘の街の3方は、深い峡谷の川に囲まれている。
この川は下流でポルトガルのリスボンに達し、大西洋に注ぐ。

西ゴート王国、イスラム朝、そしてレコンキスタ。町全体が博物館
トレドは、711年イスラム教の支配下に置かれる以前、ゲルマン人大移動による西ゴート王国の首都になっていた。(560年)
中世にはイスラム、ユダヤ、キリスト教の文化が交錯した地である。「町全体が博物館」と言われ、旧市街がまるごとユネスコの世界遺産になっている。
1561年、国王がトレドからマドリードに宮廷を移すと、トレドは首都ではなくなり、衰退したため、中世の町並みが化石のようになり現在にいたっている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
ミラドール・デル・バイエ Mirador del Valle
深く削られたタホ川の峡谷を挟んだ車道脇の「ミラドールデルバイエ」〔峡谷展望台)から、世界遺産・トレドの全景を望むことができる。

2013年10月 筆者撮影
三方をタホ川に囲まれた岩山に築かれた天然の要塞都市・トレドは峡谷の左側。

2013年10月 筆者撮影
この写真の全景が世界遺産
画家エル・グレコが愛したことでも知られるこの町は、「もし1日しかスペイン にいられないのなら迷わずトレドへ行け」といわれるほどだが、たしかに正鵠をえている。

2013年10月 筆者撮影
古代ギリシャ・ローマの哲学・神学・科学の継承がここトレドでなされていた。
12世紀から13世紀、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒の共同作業によって、トレド翻訳学派と呼ばれる学者集団が活躍した。
古代ギリシャ・ローマの哲学・神学・科学の文献が、ここで記録に残っていたアラビア語からラテン語に翻訳された。更にラテン語翻訳からカスティーリャ語〔現スペイン語)翻訳され、後にカスティーリャ語が公用語となり、スペイン語が国語になった。
古代ギリシャ・ローマの哲学・神学・科学の文献~アラビア語~ラテン語への流れは、12世紀のルネサンスに確実な橋渡しをし、大きな影響を与えた。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
スペイン・カトリックの総本山のカテドラル〔下写真、右端)や丘の上にそびえるアルカサルなど、中世の町並みの中に見どころ満載。16世紀のまま時を止めた古都のたたずまいは、旅人が散策しつくすには数日でも足りない。

2013年10月 筆者撮影
三方をタホ川に囲まれた古都・トレド。
1561年に首都がマドリードに移るまで、スペインの政治・経済の中心として隆盛をきわめたという。

2013年10月 筆者撮影
トレドは「16世紀で歩みを止めた町」といわれている。
城壁に囲まれた旧市街を対岸から眺めれば、アルカサルを頂点にして、段々畑のようにレンガ色の屋根が無数に連なる絶景が広がる。迷路のように細い路地や坂道が町の中を張り巡らされていることであろう。

2013年10月 筆者撮影
560年に西ゴート王国の首都となったトレドは、711年からおよそ400年にわたってイスラム勢力の支配下に置かた。それから1085年のアルフォンソ6世による再征服後も、1492年に追放令が出されるまで、中世の期間中、キリスト教徒とイスラム教徒、さらにはユダヤ教徒がともにここで暮らしていた。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
トレドのアルカサール Alcázar de Toledo
下写真の右側の丘の上にそびえる大きな建物がアルカサルである。3世紀にローマ帝国の宮殿として建てられた。16世紀に現在の形に復元された。スペイン内戦では包囲戦が行われた。

2013年10月 筆者撮影
トレドのアルカサルは、19世紀から20世紀には有名な軍学校として使われた。1936年、スペイン内戦時、共和国軍によってフランコ軍の守備隊に対するアルカサル攻囲戦が行われた。
現在内部は軍事博物館になっていて、当時の武器や軍服などが展示されている。高台に建てられているので旧市街一帯で一番目立つ建物で、四隅のがっしりとした塔の佇まいが、城塞の名残を感じさせる。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
アルカンタラ橋 ALCANTARA BRIDGE
ローマ時代からあるとされるトレドの入り口にある「アルカンタラ橋」。この橋の歴史は、古代ローマ時代にさかのぼるという。イスラム教徒との戦いで破壊・修復を繰り返したことで、様々な建築様式が入り混じりあい現在の姿となった。ここから徒歩でまるごと世界遺産の旧市街に入城する。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
旧城壁の一部が残っています。

2013年10月 筆者撮影
聖レオカディア教会 IGLESIA DE SANTA LEOCADIA
トレドの守護聖人に捧げられたこの教会は、言い伝えによれば、守護聖人サンタ・レオカディア自身の生家であったということです。 13世紀にできたとされているが、最も古い部分は11世紀頃のものだそうだ。
13世紀のムデハル(Mudéjar)様式の建築。教会であるが、入り口はアラベスク!

2013年10月 筆者撮影
ムデハル (Mudéjar) 様式の塔。
以前にはイスラム・モスクのミナレットだったのかも知れない。
その痕跡が明らかだ。


2013年10月 筆者撮影
16世紀で歩みを止めたトレドの街
6世紀から約1000年間、西ゴート王国の首都として政治経済の中心であった。16世紀に首都がマドリードに移ってからその勢いは衰え、まるで時間が止まっているかのように当時の雰囲気をそのまま残している。

2013年10月 筆者撮影
エル・グレコは16~17世紀に活躍した画家で、亡くなるまでの40年間を過ごした家の付近の廃墟を20世紀に侯爵が買い取って修復し、当時の家具や調度品で、アトリエや書斎を再現しているそうです。エル・グレコの作品も展示されている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
サンロマン教会のファザード。ここもアラベスクです。
町を歩くうちに、アーチや幾何学模様など、イスラム美術に影響を受けた装飾「ムデハルMudéjar様式」が豊富に随所にのこっている。異文化が融合したトレドの町並みは、確かに鑑賞に値する。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
剣や鎧兜の鋳鉄工芸
トレドは鉄製品、特に剣の生産で有名となり、現在でもナイフなど鉄器具の製造を続けている。

2013年10月 筆者撮影
またトレドの名産として有名なのが剣等の鋳鉄工芸です。トレドは2000年以上にわたり剣を作っており、最高の剣はトレド産だと言われてきました。
今は歴史に名を馳せてきた数々の名剣のレプリカやナイフ等の生産がおこなわれています。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
RESTAURANTE ALCAZER
ここで一休み。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
スペイン語のお品書き看板。

2013年10月 筆者撮影
写真 筆者撮影 2013年10月