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スペイン, バルセロナ旅遊
2013年10月
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バルセロナは、カタルーニャ州の州都である。人口はマドリードに次いでスペインで第2位。国際的な観光都市であると同時に、国際会議が世界で最も多く開かれる都市の1つである。政治・文化・学術の面で大きな地位を占めているが、近年になりオーバーツーリズムの影響が懸念されている。
ムンジュイックの丘。
バルセロナの市街地は、多数の丘に囲まれている。ムンジュイックの丘はそのうちの一つで、港湾臨海地区とそれを囲む旧市街の間近にあり標高は184mである。
この丘の歴史を調べてみたら次の様なことが解った。ムンジュイックの語源は歴史的に、中世カタルーニャ語の『ユダヤ人の山』(Mont dels Jueus)であるとされてきた。丘にはかつて墓があった。
ムンジュイックでは、紀元前3世紀から紀元前2世紀頃の町の跡が発見されている。
バルセロナ防衛のための戦略的要所、重要な地点として、都市防衛の役割を担ってきた。1843年、スペイン軍は反乱を抑えるためムンジュイック城からバルセロナ市街を砲撃し、460棟の建物を破壊または損傷させた。
ムンジュイック城は、フランコ独裁時代まで政治犯の刑務所として幾度も使用されてきた。そして、19世紀から20世紀にかけ、山は多くの銃殺刑の舞台となった。
ムンジュイックの丘のふもとには、オリンピックスタジアムや日本の建築家、磯崎新氏設計による室内競技場がある。1992年のバルセロナ・オリンピックのメイン会場となった。
バルセロナ市街地が一望できるムンジュイックの丘。

2013年10月 筆者撮影
このムンジュイックの丘からは、ユネスコの世界遺産サグラダ・ファミリアを望遠レンズで捕らえることができる。

2013年10月 筆者撮影
地中海沿岸で最大の港湾都市バルセロナの臨海部も一望に出来る。

2013年10月 筆者撮影
スペイン広場 Plaza de toros de las Arenas
ムンジュイックの丘の真下の市街地の一角にある広場。
旧闘牛場・アレーナ、凱旋門などがある。
バルセロナ・アレーナ Arenas de Barcelona.
1900年に闘牛場としてオープンした。
1989年にカタロニア州で反闘牛の機運が高まり、2010年に反闘牛法が制定され、その後この建物はショッピングモールに衣替えとなった。

2013年10月 筆者撮影
Fundació Fòrum Ambiental
エスパーニャ広場横にある財団フォーラム ・ アンビエンタル ビル。

2013年10月 筆者撮影
凱旋門。
1888年のバルセロナ万博のメインゲートとして建設された。
スペイン広場のシンボリックな門として当時を偲ばせるランドマークだ。

2013年10月 筆者撮影
バルセロナ港湾臨海地区。
1968年に筆者がはじめてバルセロナ港を訪れたとき、コロンブスが新大陸航海で使用した帆船が観光客用に、港に停泊していたのを思い出した。
今回はそれを見ることはなかった。どこかの博物館に納められたに違いない。
バルセロナ港からは、旅客用フェリーが マヨルカ諸島、イタリア本土とサルディーニャ島、モロッコ方面を繫いでいる。

2013年10月 筆者撮影
港湾臨海地区の建物群。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
港湾局事務所の建物

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
バルセロナ港、旧税関の建物 Aduana de Barcelona
19世紀末のネオ・クラシカルの威厳のある建物である。

2013年10月 筆者撮影
コロンブスの記念塔
1888 年建造。華やかな装飾が施されたコリント式の円柱。頂上にコロンブスの像がそびえる。塔の高さは60mである。コロンブス像は7mあり、アメリカ大陸を指す指の長さは60cmという一大作品。
1882年にカタルーニャ地方とアメリカの交易を記念して建てられたこの塔が、完成したのは着工から6年後の1888年。ちょうどバルセロナ世界万国博覧会の年であった。
コロンブスの航海旅行に出資したのは当時のスペインのイサベル女王。1492年に新大陸を発見した後には、女王に謁見するためコロンブスはバルセロナへやって来ている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
旧市街地の地図。
バルセロナは、14世紀に建設された城塞に囲まれた2キロ四方の旧市街地を起源とする。道路は無秩序に張りめぐらされている。

2013年10月 筆者撮影
19世紀に産業革命が起こり、バルセロナに数多くの新しい産業が導入されて成長した。その結果、バルセロナ旧市街地には過密による不衛生など都市問題を抱えることとなった。
その解決のために1859年に市域の拡張が計画された。その計画では133.4m四方の正方形を一区画として、碁盤の目のように南北に道路を整然と敷くものである。
それに伴って、中世の城壁は順次取り壊されていった。
旧市街地、旧城壁と碁盤の目の街区。このような街路のコントラストを地図上で目にするのは、ヨーロッパの諸都市の中でも稀有である。

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中世の街を囲んでいた城壁 Muralla Medieval de Barcelona
コロンブスの記念塔から、世界的に有名なランブラ通りに入る前に寄り道して東側に入って見た。そこで中世からある城壁に出会った。(上地図⑤の部分)

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
ランブラス通り La Rambla
スペインのグラナダ出身の詩人は「終わってほしくないと願う、世界に一つだけの道」とランブラス通りに関して述べている。

「ランブラ」はカタルーニャ語で一時的な水路を意味し、 アラビア語のRamla(砂の川床)に由来する。ここにもアラビア由来の歴史の痕跡がある。
ランブラス通りは、臨海地区のコロンブスの記念塔からカタルーニャ広場まで(地図上では⑥から①まで)、南北に旧市街地を串刺しにした長さ1.2kmのバルセロナを有名にした並木道。この区間を散歩すると、とても良い気分を味わえる。

2013年10月 筆者撮影

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
古典的な建物に混じって、ミニマム・デザインの教会があった。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
夜遅くまで多くの人通りでごった返し、花屋、鳥屋、大道芸人、カフェテリア、レストランが並ぶ歩行者のための大通りである。 ランブラス通りにはさまざまな建造物が立ち並んでいる。世界的に有名な大劇場、市場もある。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
カフェテリア
外部の散策路にテーブルと椅子が設けられている。ここで街行く人を眺めながら一服するのも悪くない。空いていた席に陣取る。灰皿もちゃんとあり、当時は喫煙は自由であった。500mlのハウスワインの赤を注文したら、たったの2ユーロであり、タパスをサカナにごきげんな時をすごした。ランブラス通りにて。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
野外のテーブルで、いろいろなタパスの小皿料理を食べ比べ賞味することが出来る。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
ランブラス通り、ワインとタパスを出すカフェテリア内部。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
日本のコミック・漫画を売っている書店があった。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
うどん専門の日本食店も発見。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
ボケリア市場 La Boqueria
青果・精肉・鮮魚・調味料・乾物・乳製品・菓子類など多様な品揃えを備えた市場であり、市民とレストランに新鮮な食材を供給する。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
並木道の花屋さん。

ランブラス通り 2013年10月 筆者撮影
ゴシック地区。
バルセロナの旧市街地は、ヨーロッパで最も古い都市の一つといわれている。
ローマ時代の遺跡があちこちに沈殿している。

2013年10月 筆者撮影
ランブラス通りの東側の街区は、ゴシック地区と称され、暗い迷路のような小道を当てもなく歩いていると、突然広場に出たところで、この様な遺跡に遭遇する。

2013年10月 筆者撮影
サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂
(La Catedral de la Santa Creu i Santa Eulàlia)
このゴシック様式の聖堂は、幅広いランブラ通りから、東へ中世然とした迷路のような薄暗い小道を歩かないと到達できない。1298年に建設が始まり、およそ150年後に完成した。

2013年10月 筆者撮影
もともとこの場所には原始キリスト教の教会があったとされる。
この建物は西ゴート時代にも使われた。
大聖堂最古の門であるサン・イウ門

2013年10月 筆者撮影
大聖堂最古の門であるサン・イウ門

2013年10月 筆者撮影
大聖堂最古の門であるサン・イウ門の詳細写真。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
聖堂内に入る。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
ピカソ美術館。
バルセロナのゴシック地区にある。ランブラ通りから中世の迷路をたどり、試行錯誤の末にようやく奥まったところにピカソ美術館にたどり着くことが出来た。モンカダ通りにある。ピカソはパリへ行く前の青年時代をバルセロナで過した。彼のお気に入りの町である。
ピカソの友人で秘書の個人コレクションとバルセロナ市所蔵のピカソ作品を基礎に1963年に開館、のちにピカソ本人やその家族・友人からの寄贈を受け、さらにコレクションを拡大した。

2013年10月 筆者撮影
バルセロナの旧市街地・ゴシック地区の広場で、エスプレッソを共に筆者しばしの休憩。

2013年10月 筆者撮影