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インド紀行 1989
#11/26
カジュラホ・2
カジュラホの寺院群と周辺の集落
村の生活空間 : 青空市場
カジュラホの野外広場では、さまざまな人たちが商売にいそしんでいて、活気がある。
素焼きの土器食器を売る人。
こなもんを地べたで売る人。
香辛料を小分けにしている人。
ひげをする床屋さん。
木を細工する職人。
揚げ物をして売る女性。
村の生活感全開の市場である。プラスティック製の受け皿は完無であり、使用されていない。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
村の水場
インドの各町や村には、必ず写真(下)の様な人工の水場が設けられている。東南アジアの熱帯雨林気候と異なり、1年の半分ぐらいの乾季に対処するためである。周囲は階段状に作られていて、ガートと呼ばれている。この公共水辺の段上で様々な生活の営みが行なわれる。
朝は日の出の朝日に向かい祈祷をする。顔を洗ったり歯を磨いたりする。岸辺で小麦粉を練り、火を起こしてチャパティ(インドのパン)を鉄板の上で作り朝食。子供たちは水浴びや水泳をする。午後になると、サリーなど着物の洗濯をして、段上に干す。夕方は水辺でチャイ(紅茶)をたのしみ、おしゃべりをする。等など、生活のリズムがこういった水場を中心に廻っていることがよくわかる。

筆者撮影 1989年
村の共同井戸
村の一角に大切にされている菩提樹などの大樹がある。これらの大木の下には水脈があるので、共同井戸が掘られている。夕方近くになると、近くの家々から女性たちが集まってくる。

筆者撮影 1989年
水汲みと運搬は女性の仕事となっている。亜鉛びき鉄板のバケツ。素焼きの壷。真鋳製の壷。1989年当時、この地方ではプラスチック製品はまだ出現していない。理想的なエコ生活の世界である。

地区の共同井戸 筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
家路に就く牛たち

筆者撮影 1989年
夕日が落ちる頃、一日の仕事を終えてお牛様も一斉にお帰りになる。
平和な世界だ。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
家路に急ぐ村人達。
お牛様の後に続いて村人も家に帰る。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
とある集落の家 後方は厨房
ガイドさんに頼んで、カジュラホ村の住宅の見学を依頼した。台所を見学して見たかったのだ。下写真の家族の家の前で、雑談をしながら台所を見せてもらえるよう依頼した。許可する承諾前に彼らから質問を受けた。それは我々が「属しているカーストの名前」についてであった。我々は「どこのカーストにも属していない」とガイド氏を通して返答する。彼らは「どこのカーストにも属していない」人間がこの世に存在していることが理解できないようであった。
しばらくのやり取りの後、台所を見学を許されて、内部を見ることが出来た。内部の写真を撮ることは遠慮した。見学の帰途、ガイド氏に今回のいきさつについて尋ねると、次のような説明があった。
1.インド人の家庭の中で台所は一番に神聖な場所である。2、であるので、自分たちより下層のカーストを招き入れてはいけない。3、理由は下層のカーストが入ると台所が穢れる。4、自分たちより上のカーストの人の訪問は良い。5、そのために訪問者を台所に招き入れるには、カーストについて問わなければならない。ということだった。
外国人との接触がほぼ完無な村人は、外国人も含めすべての人間は何らかのカーストに属していると思っている。なぜなら彼らの生活圏コミュニティーの人はすべて何らかのカーストに属しているからだ。

筆者撮影 1989年
民家の屋上
このあたりの集落は陸屋根がほとんどである。

筆者撮影 1989年
民家の工事
工事がゆっくりと進んでいるようである。工事用の仮囲いが設けられていない。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
小さなモスク
この小さな村にも小さなモスクがあった。
ある一定数の回教徒もこの村の住民であるらしい。

筆者撮影 1989年
民家の建築素材
この地域の地場の建材。村の野外空き地に、囲いも無くとどめ置かれている。
村人はほぼ皆がお互い知故なので、外部からの侵入者は用意に識別できる。
そのためこのように資材を野外放置状態にして置いても、盗難を防ぐことがた易いのであろう。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
子供が寄ってきて人力車の旅行者におねだり。

筆者撮影 1989年

子供が寄ってきて人力車の旅行者におねだり 筆者撮影 1989年
ここの子供たちにとって、プラスティック製品は珍しいものらしい。ペットボトルやレジ袋などをやたらに欲しがって集まってきた。特にシンガポールの日系百貨店の立派な取っ手が付いたビニール製買い物袋は最も好まれ、取り合いにさえなった。

筆者撮影 1989年
この田舎のアスファルトの道の上の彼方に、女性がサリーを広げてしゃがみこんでいた。なにか落し物でも探しているのだろうか︖しばらくしても立つ気配が無い。数分程して彼女は何事も無く立ち去っていった。不振に思い近くまで行ってみた。そこには小水の跡があった。こんなのは始めて見た。でもこれは日常の営みであり、めずらしい行いではないとのことだった。強い太陽の紫外線で殺菌され、乾燥も速い。
道路のあちこちに牛糞が落ちているのが普通な環境なので、人糞や尿が多少混じっていても、太陽の殺菌力ですぐにいずれ無害化するとのことで、納得しがたいがここでは許容範囲なのであろう。

筆者撮影 1989年

筆者撮影 1989年
下写真の右に並べられている鈴をまとったリングは何であろう?
見たこと無いが?

筆者撮影 1989年
両足首に鈴をまとった脚輪をつけ、鈴音を鳴らして裸足で歩く女性に出会った。この鈴の音に異国情緒を感じる。

筆者撮影 1989年