インド紀行 1989 #10/26 カジュラホ・1

インド紀行 1989
#10/26
カジュラホ・1  

カジュラホの寺院群と周辺の集落

1989年2月8日午後1時、国内線エアインディァでアグラ空港を出発後、40分でカジュラホの空港に到着。

アグラからカジュラホまで、地上を車で移動すると、その間の距離は410キロほどあり、8時間以上かかる。

人口2万人の町に空港がある︕

インドの州では、ラジャスタン州の次に面積の広いマデアプラデシュ州北側に位置している。州都はボパールというあまり聞きなれない都市である。
このインド亜大陸のド真ん中にある州で、インドにしては観光資源はあまりなく、唯一といっていいほどの集客力のある小さな町がこのカジュラホである。
ヒンズー教やジャイナ教の寺院群があり、それらがユネスコの世界文化遺産に登録されている。

自家製カジュラホ地図

筆者 作図

空港には旅行代理店の現地の人が迎えに来てくれていて、予約してあったホテルタジ・チャンドラに案内される。ホテルは空港と西グループ寺院群の中間地点にあり、このような立地は時間の節約になるので理想的である。

カジュラホ , ヒンズー寺院群。世界遺産

ここには10世紀から12世紀にかけて栄えたチャンデーラ王朝時代に造られた多くのヒンドゥー寺院が残っています。

前面道路南から時計の針まわりに- (下図参照)#1,ラクシュマナ寺院,#3,カンダルヤマハデヴ寺院,デヴィジャガダンビ寺院,#4,チトラグプタ寺院,#2,ヴィシュワナタ寺院

この広大な敷地は以前には池になっていたそうで、各寺院を舟に乗って参詣していたという。それが今では水が干上がり、芝生の中に最初から計画的になされたと思えないただの小道が、無意味に各々の寺院を結んでいる。

筆者 作図

寺院の規模の成長移推

単純なヒンドゥー教の寺院(左)から、より複雑化した寺院(右)への変化の移推を示す。

筆者 作図

寺院壁面彫刻のタイプ

寺院壁面の彫刻は5つのタイプに分けられる。

1, 幾何学的植物装飾、2, 宮廷の生活を描いた彫刻、3, 神話の動物または実在の動物、4, 神々の像、そして5つ目が愛し合う男女の像である。

これらの立体感あふれる彫刻群像が無数に壁面に施された寺院は息を呑むほどの傑作で、見る者を圧倒してやまない。なかでも自由奔放でアクロバティックなポズさえある様々な体位で結ばれる男女交合の像(ミトゥナ)が注目を集める。

参拝のルートは内部、外部にかかわらず、時計の針回りである。

筆者 作図

寺院の構成

これらカジュラホの寺院群は、まさに建築と芸術作品の展示場である。

寺院は高さ2〜3mの基壇の上に玄関ホール・本殿ホール・奥の院と、東から西に列状に設定されていて、進むにつれて高くせり上がって神に近づくような構成になっている。

奥の院は砲弾のような塔の形をしており、幾つもの小さな付随した小塔がタケノコのように塔を覆っている。

筆者 作図

初めて訪れると、ちょっと驚いてしまうかもしれません。遠くからは普通の寺院のよであるが、近づくと神聖であるはずの寺院一面にエロティック彫刻が多数彫られている。

これは「ミトゥナ像」と呼ばれる、性交をモチーフにした宗教芸術なんだそうだ。

このような官能的な彫刻が彫られた理由は、正式な記録が残っていないため定かではないそうなので、豊穣祈願や性的結合そのものを神聖化していた等、様々な解釈がありえる。

寺院群は、王朝の最盛期にはカジュラホ全体で85あったものが、14世紀に侵入してきたイスラム教徒によってそのほとんどが破壊され、現存しているのはわずか22に過ぎない。

なるほど、偶像崇拝ご法度のイスラム教徒としては、これらのエロを高らかに歌い上げたヒンズーの寺院は、侵攻即破壊の格好の対象となったことであろう。

それにしてもよく残っただけでなく保存状態もかなり良い。これを指揮した人、彫った人達はどんな人たちだったのだろうか。そして完成後、おひろめで、これらを見た人の驚き様も想像すると面白い。

#1、 ラクシマナ寺院  
Lakshmana Temple

(境内・手前左側)

維持を司るヴィシュヌ神を祀る。ジャイナ教の寺院として作られた。カジュラホの寺院遺跡群最古の寺院です。ここではエロティックなミトゥナ像の他にも日常生活や戦争の様子、苦行に恋愛など当時の人々がどのような生活をしていたのかを知ることができる彫刻が多く残っている。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

ラクシマナ寺院の彫刻

男女交合像が造られた理由  なぜ、この地でこのようなミトゥナ像が作られたのかははっきりしないそうだが、諸説によると、性の結合に生命のエネルギ−を求めた密教やタントリズム(6〜8世紀に成立した宗教概念で現世での解脱のために集団性交などの性的儀礼や死体の儀礼など他の宗教ではタブ−とされるような行為を行った。)が当時浸透していたからという説や神との出会いを女性の肉体美をもって表現したという説、そしてまたシヴァとパ−ルバティ(シヴァ神の妻)の結婚を表現したという説などあげられている。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

専従ガイドさん、日本語と英語を交え指をさしながら説明してくれています。
我々が訪れた時は、外国人訪問者はほぼ完無であった。日本語専用のガイドが居るということは、日本人の個人、団体がかなり訪れている証しであろう。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

ヴァラーハ寺院

向かい側にあるヴァラーハ寺院ではイノシシが祀られている珍しい寺院です。

内部にはヴィシュヌ神の化身の一つである体長約2mのヴァラーハ(イノシシ)が祀られており、足元には、永遠を象徴する大蛇セーシャナーガと女神ブーデヴィ像の足だけが残っています。

この作品は金属である。イノシシの体に描かれた神像彫刻は674体もある。彼らはどのようにしてこの様な彫刻を造り上げたのだろうか。

写真筆者撮影 1989年2月

いのしし像の足元

写真筆者撮影 1989年2月

ヴァラーハ寺院の天井彫刻。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

マンダラ天井。

写真筆者撮影 1989年2月

#2 ヴィシュワナタ寺院 

(境内・手前右側)

西にある寺院群に「ヴィシュバナータ寺院」と呼ばれる寺院があります。
1002年に建設されたカジュラーホを代表する寺院である。

写真筆者撮影 1989年2月

サンスクリット語で「頂き」を意味する「シカラ」が東から西へとせり上がって連なる典型的特徴を持ったヒンズー寺院である。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

外壁には、ミトゥナ像や裸体の天女、その他神話上の生き物も見る事が出来る。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

#3、カンダリヤ・マハデヴァ寺院

(境内・奥の左側)

Kandariya Mahadeva Temple 

カジュラホにある寺院遺跡群の中で最大で代表的な遺跡。
塔は30メートルを超える。ヒンドゥー教寺院、破壊と再生を司るシヴァ神を祀っている。
11世紀半ばに建立され、チャンデーラ朝時代に造られた寺院の中で最も美しいと言われている。

左にカンダルヤ・マハデヴァ寺院 右にデヴィ・ジャガダンビ寺院 

写真筆者ガイドさん撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

入り口アーチに独特な彫刻

写真筆者撮影 1989年2月

後方の本堂は、つくしんぼの様なオルガニックな形態

写真筆者撮影 1989年2月

禁欲的な宗教のイメージを超越して、創造の自由を解き放った圧巻の彫刻群。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

デーヴィ・ジャガダンビ寺院
(Devi Jagadambi Temple)

写真筆者撮影 1989年2月

#4、チトラ・グプタ寺院

(境内・奥の右側)

チトラグプタ寺院(ChitraguptaTemple)は、11世紀初頭に建てられた寺院。カジュラホでは珍しく太陽神スーリヤを祀っている。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者ガイド撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

圧巻の芸術。バルセロナ・サグラダファミリアを想いだす。

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月

写真筆者撮影 1989年2月9日

インド芸術の真骨頂

カジュラホのミトゥナ像のエロティックな彫刻に、初めての訪問者は、こんなものが白昼堂々と寺院の壁に一面に展開することに驚くかと思う。崇高であるはずの宗教寺院のイメージを見事にぶち壊しているのだ。

インドの古代には、カーマスートラという性典などの文化的伝統がすでにあり、カジュラーホで見る事ができる寺院群のミトゥナ像彫刻は、それを3次元にした発展形態と言えるのではないだろうか。

寺院建築とミトゥナ像彫刻が合体した作品は、世界広しと言えど、ここカジュラホにしかない。よくこの芸術遺産が、迫害されたり破壊されることも無く十世紀近くにわたり、保存状態も良く生き延びてきたことに、驚異を感じざるを得ない。

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