リスボン旅遊 2013年10月 #2/2

リスボン旅遊
2013年10月
#2/2

バイシャ地区

バイシャ地区(下の街)はバイロ・アルト(上の街)の丘〔前述)と、アルファマの丘〔後述)、これら東西の二つの丘に挟まれたお盆の底のような平地地区です。リスボン旧市街で唯一、坂がない平坦な地形に広がった町です。

アウグスタ通りが、南北を貫通するバイシャ地区の基幹道路です。
アウグスタ通りの北端に位置するのが、ロシオ広場(Praça Rossio)で、さらにその北に、ドン・ペドロ4世広場があります。

ドン・ペドロ4世広場

ロシオ駅の東側にある広場です。馬蹄形の広場です。中央の円柱の上にはドン・ペドロ4世の像があります。ここから南がバイシャのエリアになります。

2013年 筆者撮影

2013年 筆者撮影

ロシオ広場とロシオ駅。

ロシオ駅Estação Ferroviária do Rossio)はリスボンの鉄道終着駅。以前のロシオ駅は、ポルトガル鉄道中央駅であったが、現在の国際列車は、他の新駅どまりになっている。  

2013年 筆者撮影

ロシオ駅は1887年、ポルトガル人建築家によって設計された。入り口の2つのアーチが馬蹄形になっているのが特徴だ。こういうアーチの形は珍しい。

2013年 筆者撮影

リスボンでのターミナル駅として1957年まで、その機能を担っていた。

2013年 筆者撮影

レスタウラドーレス広場

リベルダーデ大通りの南の終点にあり、ロシオ広場に隣接している。広場の中央に、スペインからの王政復古で独立を記念した、高さ約30mのオベリスクが立っている。

2013年 筆者撮影

ホテル アベニーダ パレス
(Hotel Avenida Palace)

このホテルはリスボンでは超高級ホテルのひとつで1894年から今日に至るまで営業している。レスタウラドーレス広場を一望する19世紀の建物を利用したホテルである。部屋からは正面にレスタウラドーレス広場、後ろからはアルファマ地区の丘の上に、サン・ジョルジ城が眺望できる。

2013年 筆者撮影

ホテル アベニーダ パレスの南側側面。立派な現役の建築遺産だ。

2013年 筆者撮影

リベルダーデ大通り 
(Avenida Liberdade)

バイシャ地区北部に位置するレスタウラドーレス広場(Praça Restauradores)から北側のに伸びる並木道の大通りが、リベルダーデ大通りである。
(Liberdade=自由)(Restauradores=復古)

瀟洒なカラフルな建物が建ち並び、街路樹越しの美しい雰囲気の通りは、強いて言えば「リスボンのシャンゼリゼ」といった感じだ。。

2013年 筆者撮影

リベルダーデ大通りは、高級ブティックやシックなレストランなどが点在していて、海外からのお金持ちが集まるエリアとしての独自の街区であろう。

2013年 筆者撮影

ソラール ドス プレズントス  
Solar dos Presuntos

さてバイシャ地区をあるきまわり、リベルダーデ大通りに出て、ランチの時間になった。1本裏道を徘徊して、ポルトガル食のレストランを探していると、写真の様なシンプルな店構えに遭遇した。

2013年 筆者撮影

予約なしに飛びこんだソラール ドス プレズントスは、沢山の有名人が訪れる名店であることが、テーブル席に着いて周囲を見渡してはじめてわかった。訪問顧客の額縁入り写真が、壁一面に懸けられていて、ここへの入店は、大正解であった。

2013年 筆者撮影

巨大な生ハムの塊や素材の品質へのこだわりと自信が表れている。前菜には黒豚の生ハム、メインにはシーフード料理が、ここの自慢料理のようだ。よく見るとテーブルクロスが、二重にかけられていて、気づかぬところにも配慮があって高級感がある。

2013年 筆者撮影

新鮮な魚介がびっしりと並ぶ店先のショーケースに、ポルトガルの海の幸を感じます。

2013年 筆者撮影

サンタ・ジュスタのエレベーター

「七つの丘の町」と呼ばれるリスボンの顔とも言える見どころが、アウグスタ通り西側にあるサンタ・ジュスタのエレベーター(Elevador de Santa Justa)

エッフェル塔の設計者ギュスター・エッフェルの弟子、ポンサルドによって設計され、当時は最先端であったろうが、今はレトロなエレベーターである。旅行者が長い列をなしていた。なので、これに乗るのは断念。

2013年 筆者撮影

建設は1900年に始まり1902年に完成。

2013年 筆者撮影

エレベーターから反対側を見ると、そこにはアルファマ地区の丘が迫っていた。

2013年 筆者撮影

バイシャ地区の町並みからアルファマ地区の丘を見上げると、サン・ジョルジュ城が正面にあった。どこの街角も絵になる。

2013年 筆者撮影

フィゲイラ広場  Praça Figueira

ロシオ広場と通りを一本挟んだ東側に位置するフィゲイラ広場(Praça Figueira)は、小さな広場だ。初代のブラジル皇帝ドン・ペドロ4世の騎馬像がある。
ポルトガルでは皇帝ドン・ペドロ4世、ブラジルでは皇帝ドン・ペドロ1世、同じ人物です。

2013年 筆者撮影

2013年 筆者撮影

この広場は、隣接する他の大きな広場と比べて、ヒューマンスケールのコンパクトな広場だ。この谷間のポケット広場は、4階建てのレトロな建築に囲まれていて、東側方向にはアラファマの丘の上の古城を眺めることが出来る。

2013年 筆者撮影

フィゲイラ広場内には、移動式の屋台や露店が出ていて旅行者の興味をかきたてる。小さな市場もあり、地元産の食材やお土産などを売る露店が連なっています。

2013年 筆者撮影

栗の焼きたてを売っていました。

2013年 筆者撮影

アルファマ地区

多くのファード酒場やレストラン、重要な歴史的建造物が建つ地域だ。
ムーア人支配時代、アルファマは市の中心地で、漁師と貧民が多く住んでいた。のちには西隣りの平地バイーシャへ拡大した。アルファマは1755年にリスボン大地震では被害を受けず、狭い路地の迷路と小さな広場という、絵になるような光景が残った。古い邸宅の修繕や、新たにファドの聴けるレストランができている。

Casa dos Bicos

この長屋の右端の建物は、16世紀初期のイタリアのルネサンス様式とポルトガルのマヌエル様式の折衷様式の建築である。Bicosとは鳥のくちばしを意味する。建物の正面の壁には、トゲトゲの突起物が一面にある。
1755年の大地震で、バイシャ地区の建物は破壊されたが、アルファマ地区のこの建物は、破壊を免れた貴重な遺産である。〔下写真右端、黄色い建物)

2013年 筆者撮影

JARDIM DO TABACO(煙草公園)

アルファマ地区を歩いていて、道路際に標識板を見つけた。アラファマの丘に下にある河岸の旧倉庫街である。ここに昔は大きな煙草の保管所があったわけだ。

現在では、このあたりはリスボンの流行の最先端を行くナイトクラブやお店があつまっているそうだ。 

2013年 筆者撮影

煙草公園の近くで、煙草を一服。

2013年 筆者撮影

狭い路地をぬうように走る市電のある光景はアルファマ名物。軌道は複線が基本であるが、狭い路にさしかかると、単線になり建物の隙間を登ってゆく。時代が100年以上戻ったような、タイムスリップ感が味わる。

2013年 筆者撮影

このトラムでアラファマ地区の坂を登ると、登りきった所が終点であった。終点の乗り場のプラットホームも坂になっていた。

2013年 筆者撮影

サンタ・ルジア教会リスボン

サンタ・ルジア展望台の入口にある教会で、この教会と展望台が隣り合わせになっている。

サンタ・ルジア教会の外壁のアズレージョ(ポルトガル風タイル)には、1755年のリスボン大地震以前のコメルシオ広場の様子と、1147年のイスラム教徒のムーア人との戦いが描かれている。1147年にアルフォンソ・エンリケスがイスラム教徒からリスボンを奪還した。 

2013年 筆者撮影

ファード・サンバ・ボッサ・ノーヴァ・音楽の発祥地

絵になる街並みと眺望。リスボンでも最も古い地区アルファマに夕暮れが訪れてきた。坂道を低地に向かって歩いていると、ファードの民俗歌謡がどこからともなく聞こえてくる。近くにあるCasa do Fado(ポルトガル風居酒屋)からであろうか?

このアルファマで生まれたファード・音楽が、ブラジルで黒人のアフロ・ミュージックと出会い混合し、あのカーニバルのサンバ・ミュージックとなり、その後サンバとアメリカのジャズが、さらに融合し、ブラジルでボッサ・ノーヴァの誕生となった。1960年代に国際化した。ファードについては、世界の音楽に、大きな影響を及ぼしたことはあまり知られていないが、その発祥地は、まさにこのリスボンの丘と坂の街、アルファマである。

どこかの民家からイワシを塩焼きにする香ばしい匂いもしてきた。この庶民的なアルファマ地区ならではの夕暮れである。

2013年 筆者撮影

サント・アントニオ教会 リスボン大聖堂

リスボン大聖堂 (Sé de Lisboa)は、市内で最も古い教会である。大聖堂建設は1147年から始まり、その間、イスラム教徒支配の8世紀から12世紀におかれた。幾度もの地震により建物は幾度も手を加えられた。今のその姿は様々な建築様式の混合である。

2013年 筆者撮影

この教会は、12世紀末に実在したリスボンの守護聖人、サント・アントニオが生まれた場所に立っています。

日本人が最初に接触した西洋人は、ポルトガル人でしたよね。彼らポルトガル人の航海者も、長いアジアへの航海の安全を祈って、このリスボン大聖堂で神に祈り故郷を後にしたことに思いを起こすと、特別な気分になれますね !!

2013年 筆者撮影

翌朝、バスでスペインのセビリアに向かう。

2013年 筆者撮影

国際河川を渡る。

2013年 筆者撮影

セビリアの町に近くなって来た。

2013年 筆者撮影

セビリアの市中に入ったところで、建築中のビル。環境にマッチしていないね。

2013年 筆者撮影

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