中国、広州・佛山 2007

広州へ建材の買い付けに

2007年11月、メダンのホテル・ショッピングモールのデベロッパーの依頼で、建築仕上げ材の大理石やセラミックタイルの選定のため、中国広州佛山市の資材工場に飛んだ。

インドネシアで大理石の集積地はジャワ島のバンドン周辺にある。筆者が設計に携わったジャカルタやバリ島の大型ショッピングモールの大理石など石材の供給元は、ほぼすべてバンドンの工場からであった。

筆者の顧客であるメダンのオーナーは、仕上げ用建材の供給元にジャワ島のバンドンではなく、中国広州の隣接工業都市「佛山市」に目をつけた。

その理由を尋ねると以下の答えが返ってきた。バンドン・メダン間2000km陸送すると、途中ジャワ島・スマトラ島間はフェリーで、スマトラ島には高速道路がないので時間もコストもかかる。それに比べて中国広州佛山市から海路4000キロの輸送はコストも安いし、なによりも石材の種類が多く、選択するうえで優位性が高いとのことであった。

サプライチェーンのグローバル化は、このころからすでに始まっていたのだ。

広州白雲国際空港

空港は広州の都心の北30㎞に位置する。中国国内では、北京首都国際、上海浦東国際空港に次ぐ3大空港の1つである。2004年に開港したので、オープン後3年程度で真新しかった。

筆者が最初に広州を訪れたのは1990年代で、この白雲国際空港は、広州駅から北に3㎞の場所にあった。知人に招待され、江西省の桂林を訪れる時にトランジットした空港である。当時は国際ターミナルは、中国人旅行者は多くなかったので混雑していなかった。

ところが、乗り換えのため、国内線ターミナルに移動すると、大混雑の人の流れに巻き込まれ、空港がパンク状態にあるのがわかった。今回は開港3年目の新空港で、以前のような経験をしないですんだ。

中華系インドネシア人の現地案内の人が空港に迎えに来てくれて、合流。

広州天河区の中心街

改革開放後、広州珠江北沿岸に天河区が設置され開発区域となり、オフィスやショッピングセンターが立ち並ぶ新都心地区となる。

予約されていたウエスティンホテルにチェックインした。夜になり、ホテルの周囲を当ても無く散歩していると、明るく賑やかな通りに出た。

写真 筆者撮影2007

キャノンやシャープの看板、存在感がある。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

中国風のイルミネーションで明るい夜だ。

写真 筆者撮影2007

ジャスコの看板もある。

写真 筆者撮影2007

この当時の中国、特に広州周辺は、LEDランプの大量製造地になっていたので、街のイルミネーションにLED光源をふんだんに使用している。

写真 筆者撮影2007

広州ウエスティンホテル

2007年に開業した真新しいウエスティンホテルに投宿した。建物もサービスも一流であった。

ホテルの入り口とロビー。

写真 筆者撮影2007

レセプションカウンター。

写真 筆者撮影2007

エレベーターロビーからの眺め、このホテルは新しいビジネス街区の中にある。

写真 筆者撮影2007

寝室。バスルームとの仕切り壁が無く、引き戸を開けると、寝室と浴室が一体のスペースになり、開放感が演出されていて当時としては秀逸なアイデアである。

写真 筆者撮影2007

浴室から寝室を写す。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

ミニバーとミニ冷蔵庫。

写真 筆者撮影2007

ラゲッジ・ラック。クッションが設けれれている。

写真 筆者撮影2007

大理石・御影石のショールーム。

広州市の西隣に接して佛山市があり、こちらには様々な工場が立地している。

その中にイタリアから技術と裁断・研磨機械を導入して成長した大きな石材の工場がある。そのビジネスモデルは、イタリアやギリシャ、トルコなどから、高級で希少価値のある原石も含めて、様々な大理石の約2メートル立方の原石ブロックを輸入し、この地で板状に裁断し、表面を研磨し、世界中の最終市場に向けて販売している。

工場から排出される塵芥や汚染水は、先進国ほど厳しい規制が無いので、その分のコストを安く出来る。運搬、切断、研磨のため、多くの労力が必要であるが、人件費は安い。これらの相乗効果で、中国での大量生産は他国に対して有利となる。

他国の同種産業は縮小に向かい、生産拠点は一気に中国に移った。これがグローバル資本主義経済がもたらした因果である。

佛山市の工場

インドネシアの工場と比べると、良く整頓されていて、行員のユニホームも良い。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

海鮮料理

広州市の天河区を一人でぶらぶら歩いていると、高級そうな中華海鮮レストランの水槽が目に入ってきた。陳列された魚介類を観察すると、国内あるいは海外から集められた高額そうな料理の素材がそこにあった。これらを食する一定数の富裕階層が生まれて来ているに違いない。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

巨大な貝の一種。発砲スチロールの箱が汚いのが気にかかる。

写真 筆者撮影2007

シャングリラ・ ホテル広州

ウエスティンホテルをチェックアウトし、珠江対岸にあるシャングリラ ホテルに移った。(下)

珠江の南岸に立つ市内の新しいビジネス・商業地区にあるシャングリラ ホテル広州は、ウエスティンホテルのある珠江北沿岸の天河区と珠江を挟んで南岸の海珠区にある。

海珠区には、世界中のバイヤーが訪れるCanton Fair Complexや国際展示場がある。シャングリ・ラ ホテルは、それらに隣接している。、客室:704室、サービスアパートメント:26室を有する。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

客室の配置図。日本語もある。

写真 筆者撮影2007

Canton Fair Complex。客室より撮影。

写真 筆者撮影2007

増築現場。大気汚染が酷いようだ。

写真 筆者撮影2007

ホテルロビーにお決まりのシャンデリア。

写真 筆者撮影2007

客室の様子。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

広州白雲国際空港に戻り出国。空港アプローチの高速道路の途中は、両脇の緑の森林を駆け抜けてゆく、高規格な新しく出来たもので、渋滞も無く快適であった。

写真 筆者撮影2007

新空港は、以前の空港と比べて大きな空港になっていた。
デザインは他に地域の新空港と類似した白とグレーで表現されたいわゆるインターナショナル調であった。

写真 筆者撮影2007

写真 筆者撮影2007

高い天窓の空港コンコース。案内版に「漢字」表記の存在が無ければ、ここはどの国の空港か?と見違えるほどである。

写真 筆者撮影2007

筆者が1985年に上海・蘇州を訪れた時(前述)と比較すると、中国は「共産党指導による資本主義」で、都市・建築の外観、製造業のグローバル化やホテルの快適さなどが、20年間で飛躍的な変化を遂げていた。

写真 筆者撮影 2007年11月

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *