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プノンペン出張記
2006-2013
その #4/4
氾濫原
プノンペン郊外、10km程の地域。
雨季にはメゴン河から大量の水が逆流し一面の大地が洪水にみまわれる。
乾季には洪水がメコン河に戻るが、一部は写真のように水はけの悪い所が残る。

写真 筆者撮影 2006年
メコン河上流より、ハシケでもちこまれた大量の砂を、ポンプで所定の位置に送り込み埋め立てを行う。

写真 筆者撮影 2006年
プノンペン郊外、メコン氾濫原に開発のため大規模な盛り土が行われている。牛が食む牧草の原野も狭められつつある。

写真 筆者撮影 2006年
氾濫原のクリークに橋の工事が行われている。原始的な杭打ち機が見える。

写真 筆者撮影 2006年
氾濫原のクリークに新規に完成した橋と導水管。
乾季なので、クリークには水が無い。

写真 筆者撮影 2006年
氾濫原の家屋。
氾濫原に盛土をして、コンクリの束を立て、その上に木造の家を建てる。
この様式がカンボジアの地方に一般的な農家の住宅建築である。

写真 筆者撮影 2006
農園内の家屋。

写真 筆者撮影 2006年

写真 筆者撮影 2006年

写真 筆者撮影 2006年
人工の水場のほとりに造られた東屋。

写真 筆者撮影 2006年
氾濫原の農作物
ジャック・フルーツの樹木。

写真 筆者撮影 2006年
ジャック・フルーツ。

写真 筆者撮影 2006年
カシュウ・ナッツの樹木。

写真 筆者撮影 2006年
上部緑色の部分が、カシュウ・ナッツの実。

カシュウ・ナッツの収穫。とても人手がかかります。

農園内の憩いの場所。

写真 筆者撮影 2006年

写真 筆者撮影 2006年

写真 筆者撮影 2006年
水瓶は、とても重要。
カンボジアの村々を訪れると、よく下写真のような水瓶を目にする。
11月上旬から5月中旬が、カンボジアの乾季にあたり、水を貯めておく水瓶は、とても重要なものです。

写真 筆者撮影 2006年

写真 筆者撮影 2006年
氾濫原の農民たち
若い農民のグループに出会った。彼らは、カンボジアに悲惨な結果をもたらしたポルポト時代以降に生まれたラッキーな新世代だ。
とても健康そうである。着ている服装も良い。ただしこのあたりでは、外国人を見かけることは無いので、英語は必要が無く、クメール語のみである。
会話をしてみたかったが、適わなかった。

写真 筆者撮影 2006年
農場の小作人夫婦。
ポルポト時代以前に生まれたアン・ラッキーな世代だ。
煙草を分け合い、ひと時の休息をとる。

写真 筆者撮影 2006年
プノンペンから陸路ホーチミンへ (2008年)
クライアントのプノンペン駐在員の人達に誘われて、陸路ベトナム・ホーチミンへ片道240kmの旅に加わる機会を得た。そこで出会った光景を以下に記したいと思う。距離的には東京・浜松くらいの行程であるが、4分の3のカンボジア国内、国道一号線は水はけが悪く、極め付きの悪路であった。(下地図)
国道一号線に比べて、プノンペンとその外港であるシアヌーク・ビルを結ぶ国道三号線は、舗装状態も良く、はるかに高規格であった。その格差の理由は、カンボジア側が、国道一号線軽由でのベトナムとの行き来を歓迎していない歴史的国情がある。

HUMMER車でプノンペンから陸路でベトナム・ホーチミンへ行く。
(HUMMER)は、1992年ゼネラルモーターズ開発の、もと軍用4輪駆動車で、民間使用のSUVブランド。この車で運転手+を含めて5人での遠出となった。
GMは2010年に販売を終了

写真 筆者撮影 2008年
メコン川の渡し船。
2015年まであったプノンペンとホーチミンを結ぶ国道1号線のメコン川にかかるフェリー乗り場。

写真 筆者撮影 2008年1月
フェリー船に乗り込む。

写真 筆者撮影 2008年

写真 筆者撮影 2008年
メコン川を渡る人々。

写真 筆者撮影 2008年
対岸に到着すると、いきなり大勢の売り子さんに取り囲まれる。

写真 筆者撮影 2008年
メコン川フェリー乗り場の大勢の売り子さん達(2007年撮影)。
8年後、2015年に後述のツバサ橋開通によりフェリー乗り継ぎが消滅し、全員失職することになる。

写真 筆者撮影 2007年
フェリー乗り場、対岸の村の道の駅。水産物が豊富で大繁盛だ。

写真 筆者撮影 2008年
豊富に獲れる川海老や川蟹が、揚げ物にされて売られている。

写真 筆者撮影 2008年

写真 筆者撮影 2008年
国境検問所
カンボジア・ベトナムの国境検問所。
カンボジアのバスから降りる旅行者に、ベトナム入国管理官が検査を行なっている。なんか、ユルイ感じの国境である。

写真 筆者撮影 2008年
国境検問を終えて、先にベトナム側の建物が見える。

写真 筆者撮影 2008年
カンボジアからベトナムに入る。
ベトナム側の免税品のショッピングセンター案内図。

写真 筆者撮影 2008年
ベトナム側の免税品のショッピングセンター。

写真 筆者撮影 2008年

写真 筆者撮影 2008年
ベトナムからカンボジアに戻る。
国境のチェックポイントからカンボジア側を眺める。

写真 筆者撮影 2008年
国境のカジノ施設。
カンボジアにはカジノ施設が50以上あるといわれている。この国境にもカジノ施設があり、ベトナムからの旅行者がそのターゲットになっている。さらに大きなカジノ施設が、タイとの国境にあり、こちらはタイからの旅行者がそのターゲットになっている。さらにはプノンペンの外港シアヌーク・ビルには、さらに大きなカジノ施設が集結し、こちらは中国人が集まっている。
その上さらに上を行くのが、プノンペンのカジノである。カンボジアで最も規模の大きいカジノを経営のナガワールド(前述、プノンペン駐在紀その2)だ。2018年の新聞Phnom Penh Postによると、ナガワールドの2017年のVIP顧客によるカジノでの賭け金が、211億ドル(約2兆1,600億円)となり、2016年のカンボジアのGDP総額200億2000万ドルを超えたということだ。
2000年以前では、考えられないほど中国人の訪問が活発になり、2016年ナガワールドのカジノに訪れた人数は前年比40%増の120万人に達しているそうである。街中どこでも中国人を見かけ、どこにでも中国語の看板が溢れるようになった。

カンボジアの中央銀行(The National Bank of Cambodia)の推定によれば、2014年の外国人訪問者の消費は$2bn(約2,400億円)、うち40%がカジノで消費される。
ツバサ橋
日本の援助により2015年5月に完成したツバサ橋。(下)日本政府の無償資金援助案件で、フェリーで渡河していたメコン川を道路橋で直接渡れるようにした。この橋により交通運輸に多大なる恩恵をもたらすことになる。
橋の建設地は首都プノンペンから国道1号を南東に約60キロ行った地点。三井住友建設が、工事を請け負った。アプローチ橋は東・西側合わせて1500メートルを超える。アプローチ道路を含めて工事総延長にして5460メートルに達する大規模工事であった。。
この橋の完成により、べトマム・カンボジア・タイが、一本の道路で結ばれることになった。物流・ロジスティックの向上のため、画期的な事業であった。
2015年のツバサ橋の完成により、旧道を結ぶフェリーの廃止あるいは縮小により、筆者が撮影した2008年3月のフェリーの写真は貴重な過去の記録となることであろう。

この架橋事業により、プノンペンの日本橋とメコンデルタのつばさ橋、2橋によりカンボジアのインフラが劇的に改善。
写真 筆者撮影 2006-2008年