ブラジル長期滞在の記 #12/15 オーロ・プレト

ブラジル長期滞在の記 #12/15
オーロ・プレト

ユネスコの世界遺産に登録される15年前のオーロ・プレト

オーロ・プレト。17世紀の金鉱から生まれたポルトガル風の町があることを知った。サンパウロから長距離バスで休憩を入れると約12時間、650kmほどの内陸である。機会があれば、そこを是非訪れて見たかった。

サンパウロ~オーロ・プレト間の道路

ミナス・ジェライス州の州都オーロ・プレト(1600年代末~1897年)

ブラジルがポルトガルの植民地だった17世紀末のころ、エスピニャソ山脈に囲まれたこの奥地で金脈が発見された。「オウロ(金)・プレト(黒い)」と名付けられたこの町は、ゴールドラッシュで急速に発展し、リオデジャネイロの北側にあるミナス・ジェライス州の州都となった。19世紀になると金脈は枯渇。1897年には州都がベロオリゾンテに移転してこのオーロ・プレトは化石のようになり現在に至る

オーロ・プレト市街地地図

オーロ・プレト。1980年世界遺産登録、標高1200-1700m

ユネスコの世界遺産に登録される15年前のオーロ・プレト。奥地に位置していたため、近代化の開発をまぬがれた。

ゴールドラッシュが終焉したことにより、オウロ・プレトの町は衰退の一途を辿る。それが故に、近代化を免れ、まるで時代に置いてきぼりにされたかのように、18世紀当時の街並みがそっくりそのまま残されることになった。1980年には、ブラジルで初めての世界遺産に登録され、今では、ブラジル有数の観光地となった。

カルモの聖母教会

1965年 筆者撮影

サンフランシスコ・デ・アシス教会

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

1965年 筆者撮影

可愛い子供たちと瓦屋根

1965年 筆者撮影

坂道ばかりの町

1700年代にゴールドラッシュで形成されたオーロ・プレトの街を味わおうと、だだひたすら 歩く、歩く、歩く。 この街の道路はすべてが 坂道、坂道、坂道、坂道。(写真下5枚)

坂道、1965年 筆者撮影

坂道、1965年 筆者撮影

坂道の舗装はポルトガル風の石畳。のぼり道の尾根の先は坂道を上りきるまで見通しが聞かない。尾根に到着すると、また違った新しい視界が待っていて、ウォーキングを飽きさせない町である

坂道、1965年 筆者撮影

坂道、1965年 筆者撮影

坂道、1965年 筆者撮影

子供達が廃品回収に各戸を回っています

子供達が廃品回収に各戸を回っています。
1965年 筆者撮影

この地に金鉱が発見されたのが1693年。その後、金を求めてゴールドラッシュ殖民がおこった。

日本で言うと江戸時代の中期、1700年代前半に金鉱の周りに集落が形成され、その中心になった町がオーロプレトである。金鉱からの富が、数々のポルトガル植民地風の建物、特にバロック風の教会に結晶した。

同時に数々の建築家、彫刻家、詩人、画家、作曲家など多くの芸術をはぐくんだ。

1800年代末までは、ミナス・ジェライス州の首都であったが、1900年代になって首都をベロ・オリゾンテに譲り、その後この町は化石化し、1980年ユネスコの世界遺産に登録された後、ブラジル内陸の観光都市として生きる道が開けることとなった。

1965年 筆者撮影

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