インド紀行 2015年 #20/26 コルカタ→ダージリン

インド紀行 2015年
#20/26
コルカタ → ダージリン

コルカタからダージリンへ鉄路で

ヒマラヤの麓へ行って見よう。

コルカタ市内のターミナル駅は、シアルダ駅

コルカタには2つの大きな鉄道駅がある。いづれもヨーロッパにあるような櫛形状のターミナル駅である。最も大きな駅は、ハウラー駅であり、市内西側を流れるフグリー川の対岸にある。ここからデリーをはじめ、各地の主要都市に長距離列車が発着している。23のホームの数があり、毎日247列車以上が運転されていて、インド最大の駅である。

次に大きなターミナル駅は、市内直近にあるシアルダ駅であり、ホーム数13である。コルカタからダージリンへ陸路で行く場合、ここから最寄のニュージャルパイグリ駅まで、切符を入手しなければならない。
インド国鉄の等級は、5から6通りの区別がある。これはこの国のカースト制度と関係がありそうだ。

駅前の駐車場は、多数の車で大混乱している。ここまで旅行社の車で送って貰い、あとは巨大な駅構内を先導してもらい、なんとか該当のプラットホームにたどりつけた。

写真 筆者撮影 2015年3月

シアルダ ターミナル駅を夜中に出発。ここから500km10時間の夜行列車の旅が始まる。車内は二段ベッド、一区画に4人用のベッド。車内は満員である。よく乗車券が確保出来たものだと、この状況を見て痛感した。

後になって切符獲得に動いてくれた旅行会社のスタッフから聞いた話であるが、ヨーロッパの国際夜行列車の様なコンパートメント1等車は、高級役人や高級軍人とその家族達にまえもって買い占められてしまうそうだ。

時々、インド国鉄の長距離列車脱線・転覆のニュースを目にすることがあるが、そんなことが起こらないよう祈りながら眠りに入る。 

列車の内部。 

写真 筆者撮影 2015年3月

ベンガル平原を行く

翌朝目覚めると、コルカタの人ごみから一転、列車はベンガル平原の幾つかの川を渡って快調に進んでいる。列車の運行音は過っての日本の昭和のジーゼル車そのもので懐かしい。

写真 筆者撮影 2015年3月

列車の連結部は、3月の涼しい外気が吹き混んでいる。みどりの平原を鑑賞しているとタバコが吸いたくなり、火をつけた。しばらく喫煙していると、洗面所に行く中年のインド人女性がすれ違い、いきなり怒られた。禁煙のサインが無かったが、この地でも喫煙者は肩身の狭い思いをしなければならないようだ。

写真 筆者撮影 2015年3月

翌朝になっても、まだベンガルの豊かな平地の朝を、ひたすら走っている..

写真 筆者撮影 2015年3月

ニュージャルパイグリ駅

列車は目的終着駅ニュージャルパイグリ駅(NJP)に入線している。NJP は、北東部の州(アッサム諸州)のライフラインとして機能する。NJPは、北東部の州とインド本土を結ぶ結節点として機能しているのだ。

ニュージャルパイグリ駅(NJP)は、インド北東部の玄関口と一般に呼ばれ、北ベンガル最大の都市(シリグリ)の郊外にある鉄道駅である。

写真 筆者撮影 2015年3月

ニュージャルパイグリ駅は、 コルカタ、デリー、グワハティ(アッサム)との接続がなされていて、インドのさまざまな地域へ急行列車で結ばれている。

また、この駅にはナローゲージ・プラットフォームが1つあり、過ってダージリンヒマラヤ鉄道が入線していた。

写真 筆者撮影 2015年3月

インド国鉄ダージリン急行のデイゼル機関車。

無骨な時代物のジーゼル牽引車。                      

写真 筆者撮影 2015年3月

ニュージャルパイグリ駅 構内の風景。

写真 筆者撮影 2015年3月

郵便物など沢山の鉄道小荷物が運ばれ、ホームに降ろされている。

写真 筆者撮影 2015年3月

コルカタから500km/12時間の長距離夜行から開放される人々。

写真 筆者撮影 2015年3月

全12両編成長距離列車、ニュージャルパイグリ駅に定刻到着。

写真 筆者撮影 2015年3月

ニュージャルパイグリ駅前にて。

ニュージャルパイグリ駅で、ダージリンからの迎えのガイドさん兼運転手つき貸切ジープが待機していた。コルカタの旅行社に手配してもらった。

出会いミスがなく、とりあえず安心。

この4輪駆動車で、2100mの高度差を一気に登ることになる。

写真 筆者撮影 2015年3月

シリグリ、 要衝の町

西ベンガル州のシリグリという名の聞きなれない町は、インド本土からの飛び地状なアッサム諸州に至る陸地交通の上で、必ず通過しなければならない要衝の町である。またダージリン、シッキムへの道はここから20kmほど平地を北に走り、つずらおりの山岳道路を登ることになる。

写真 筆者撮影 2015年3月

この25年で人口が驚異的といえる2.5倍に増えている。住民は70万人程であり、西ベンガル州や、ダージリン、シッキム、ネパール、ブータンからの移住者増加で、町には活気がある。シリグリ市街地の様子。

写真 筆者撮影 2015年3月

写真 筆者撮影 2015年3月

写真 筆者撮影 2015年3月

チュンビ渓谷。

この地区の北方にはヒマラヤ山系があり、南のベンガル平原にはバングラデシュとの国境がある。西にはネパール国境、東にはブータン国境と接し狭隘の地といえる。

ネパールとバングラデシュ両国境に挟まれたインド領の距離はたったの20km !! でしかない。

このことはこの回廊がインドにとって国土の一体化という観点からすると、国防上きわめてデリケートで危険で、重要な地区であると理解することが出来よう。

中国(チベット)の領土がシッキム側にクサビのように食い込まれている。ここからバングラデシュの国境までが封鎖されると、袋小路のアッサム地方を、インド本土から切り離すことが出来るので、戦略的に微妙な区域であることが良く分かる。

赤矢印の部分が、 チュンビ渓谷

インド陸軍演習地と検問所を通る。

その戦略的に微妙な区域を守るため、途中にインド陸軍の軍事施設がある。 

写真 筆者撮影 2015年3月

地政学的に重要なこの地区のインド陸軍演習地と検問所を通過する。

写真 筆者撮影 2015年3月

ダージリンヒマラヤ山岳鉄道 世界遺産

世界遺産、ダージリンヒマラヤ山岳鉄道のマーク 

写真 筆者撮影 2015年3月

標高差は、2100m

全長78kmの山岳鉄道で標高100mのニュージャルパイグリと標高2200mのダージリンを結ぶ。

写真 筆者撮影 2015年3月

ダージリンへは4輪駆動車で登る

急峻な山裾に沿って道が造られている。
またベンガル平原地帯とダージリンでは、12度の温度差がある。

写真 筆者撮影 2015年3月

この道路はカートロードという名称で、ダージリンヒマラヤ山岳鉄道と平行に走っている。

写真 筆者撮影 2015年3

線路脇に商店の入り口 が設けられている。

写真 筆者撮影 2015年3月

崖下地下に作られた民家の出入り口が、鉄道線路に直接面しています。

写真 筆者撮影 2015年3月

標高1500mまで登ると、あたりからは霧が出だし気候が変わる。
なおこの区間の道路は、急峻であり気候の変化が突然に訪れる。
特に雨季のシーズンには細心の注意が必要である。

写真 筆者撮影 2015年3月

写真 筆者撮影 2015年3月

往時は、紅茶の運搬のため敷かれた鉄道が主役であったが、今はトラックなどの運搬方法に移っている。

鉄道は、ダージリン、グーム間のみ観光用としての生き残りをかけている。

写真 筆者撮影 2015年3月

ダージリン駅

鉄道は6つのループと8つのスイッチバックがある。

この部分以外は道路と単線のトイトレインは文字どうり併設になっている。

写真 筆者撮影 2015年3月

ダージリン駅構内図

山腹のわずかな平地に設けられている。

写真 筆者撮影 2015年3月

ダージリン駅構内の様子

地元の人も外国人旅行者も自由に構内に出入りできる。

写真 筆者撮影 2015年3月

写真 筆者撮影 2015年3月

鉄路に座って線路端会議をする地元の女性たち。

写真 筆者撮影 2015年3月

トイトレインの機関車たち

別名トイ・トレインとも称され、そのゲージは610mm・2フィートの狭軌である。1879年から1881年にかけての工期であった。当時の機関車はグームの鉄道博物館展示品としてある(後述)。

写真 筆者撮影 2015年3月

1881年開通といえば、日本で陸蒸気といわれた品川・横浜間開通の約10年後である。

写真 筆者撮影 2015年3月

駅舎から構内に降りて、自由に歩き回り、トイ・トレインを間近かで見ること出来ます。

写真 筆者撮影 2015年3月

速度は自転車程度の速度なので、途中で飛び乗り飛び降りも出来るでしょう。

写真 筆者撮影 2015年3月

一生懸命蒸気を出しながら坂を登ります。

写真 筆者撮影 2015年3月

今日のトイ・トレインは故障もなく順調に運行しています。

翌日は故障があって運行がキャンセルになり、予約済みのロシアからの団体観光客は、乗車ツアーが出来なくなったとガイドさんから聞きました。

写真 筆者撮影 2015年3月

観光用トイ・トレインの内部

開け放たれた窓から車内に石炭燃焼による煤が入ってきます。
前もって、出発駅でマスクが供与されます
下りる頃にはマスクが煤で部分的に黒くなっていました。

写真 筆者撮影 2015年3月

写真 筆者ガイド撮影 2015年3月

写真 筆者ガイド撮影 2015年3月

写真 筆者撮影 2015年3月

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