東南アジアの水辺の世界 #2/6 マレーシア

東南アジアの水辺の世界
#2/6
マレーシア

アジア大陸の最南端

インド洋と南シナ海を通して太平洋と結ぶ海運上の要衝がマラッカ海峡である。
そのマラッカ海峡の出⼊り⼝にあるシンガポール港は、アジア⼤陸のランドマスの最南端にあり、その卓越した地理的位置により、ヨーロッパ、中東と極東アジアを結ぶ最も重要な中継地として存在している。

マレー半島とシンガポール島

       筆者行動の軌跡1 空路~赤線
行動の軌跡2 陸路~青い点線

マレーシア PORT WELD の1枚の絵ハガキ

今は去る1969年に、シンガポールに仕事で駐在することになり、数ヶ⽉が経ったころ、街⾓の店頭で各種の絵葉書を物⾊していた。そしてそのうちの1枚の写真に⽬が釘付けになり、強烈な印象を受けた。これこそ東南アジアそのものではないかと。

その後永い間,この⽔上集落のことが頭から離れなかったが、数⼗年間にわたって所在地を特定することが出来なかった。その理由はマレーシアが英領植⺠地であったころはPortWeldと呼ばれ、独⽴後はマレー語のKualaSepetang に地名が変更されたためであった。その間、⽔上に⽣きるということはどういうことなのかと考え続けて来たが、東南アジアで同種の各種の⽔上タウンを⾒聞することが出来たので、それをここに記したいと思う。

KUALA SEPETANG (旧 PORT WELD)マレーシア ペラク州

KUALA SEPETANG

マレーシアのペナン島からマレー半島を結ぶペナン⼤橋を渡り南の⽅⾓に100キロほど移動すると、タイピンに到着する。この街の周辺地域に19世紀の中ごろ錫鉱⼭が発⾒され、移⺠者をひきつけ急成⻑した。

マングローブ湿地帯のど真ん中

その後錫の積出港として、マングローブ湿地帯の河口近くの内陸に発達した港がPort Weld(Kuala Sepetang)である。タイピンとこの港の間にはマレーシア初の鉄道が1885年ごろ施設された。錫鉱山の枯渇により1987年にその役目を終えた。マングローブ湿地帯のど真ん中に位置する Port Weld(Kuala Sepetang)。

薄緑の部分がマングローブ林 (筆者作図)

廃駅となった駅舎

現在は博物館になっている。

廃駅 Port Weld

マングローブ林を切り開いて造られた Port Weld 港。(下、筆者スケッチ)

錫鉱石はこの港から100キロ離れたペナン島に船で運ばれ製錬され世界各地に輸出された。

Port Weld港

津波とマングローブ林

2004年12⽉26⽇クリスマスの翌⽇、スマトラ沖に巨⼤地震とそれに伴う巨⼤津波が発⽣した。死者は25万⼈に達した。
津波は数千キロ離れたスリランカの南岸やインドベンガル湾の海岸に到達した。筆者は、後になってこれらの地域を訪れて、津波の痕跡をこの⽬で⾒て、現地の⼈からその時の様⼦の説明を聞いた。
また巨⼤津波はタイのプケット島やマレーシアのベナン等も襲い、海浜にあったホテルは、壊滅的な被害を受けた。不思議なことに、この津波は近距離に位置するマラッカ海峡両岸(マレー半島とスマトラ島)と、その最深部にあるシンガポールに被害を及ぼすことはなかった。この⾃然現象の謎を、筆者は永年考え続けてきた。 以下は筆者の仮説であるが、マラッカ海峡両岸の海浜に奥深くまでびっしりと⽣えているマングローブ林の⽣態系が、津波を吸収することにより、その波の⼒を弱める役⽬を果たしたに違いない。 

海辺と河⼝にびっしりと⽣えたマングローブ林

海岸にはびこるマングローブ林の根。この複雑な形状の根が、海浜の侵⾷を防ぐ天然の防波堤の役⽬を担う。

塩⽔に強い各種の⽊で構成されるマングローブ林の根から、茎が⽣成される様⼦。(この上をはだしで歩くと、⾜裏が痛い)。

漁師とマングローブ林の世界

汽水域では沢山の魚介類が生息している。特に小海老の宝庫であり、漁村では常時水揚げされている。漁師たちの番屋の近くで釜茹でしている小海老を分けてもらう。山盛りの茹で上げの小海老を塩を振ってみんなで食べる。食後に、筆者の平らげた分を数えてみたら42匹であった。

マレーシアのマングローブ林の海辺。

1970s 筆者撮影

1970s 筆者撮影

1970s 筆者撮影

1970s 筆者撮影

1970s 筆者撮影

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