ヨーロッパ周遊 4ヶ月 #3/9 1968年

ヨーロッパ周遊
4ヶ月 #3/9 
1968年

8月9日スイス・ベルン Thun駅19;29 発。>列車中泊③>8月10日ローマ9時ごろ着

イタリア ローマ>シシリア島>ローマ

8月10日 ローマ 9時ごろ着。19;17ローマ発、
スペイン広場。エセドゥラ広場。ポポロの門と広場、

8月10日ローマ23;33発>列車中泊④>8月11日メッシーナ5;55着

シシリア島に渡る

8月11日 レッギオ4;42発、フェリーでシシリア島へ、メッシーナ5;55着

シチリア島 メッシーナの朝

夜明けが美しい。ローマからの夜行列車は、乗車したままフェリー船と共にシシリア島の鉄路につながり、早朝島側のメッシーナに着く。(写真下)その後、有名な活火山「エトナ山」の狭い山裾をたどり、目的地のカタニアに向かう。

1968年8月11日 筆者撮影

8月11日、7;20 カターニア着

シチリア島 カターニア

ウルシノ城の広場で英伊同時通訳

8月11日、終着のカターニア駅に朝7;20に着いた。
駅前にはいきなり「ウルシノ城」前の大きな広場があり、朝市なのだろうか沢山の人々が集まっていた。

筆者も、その群衆の中に入り、周囲を観察していると、2人の男がイタリア語と英語で話し合っていた。
洋服の生地の売り買いをしているらしいことが分ったが、よく聞いていると2人とも相手の言葉を理解していない。
間に入って聞いてみることにした。英語を話している人は、英領マルタ島から英国のウール生地をシチリア島に持ち込んで売りたいのだということがわかった。
そこで筆者は彼の英語をポルトガル語を使って通訳すると、イタリア人の男は理解出来たのだった。
その後値段の交渉の手助けをし、お互いの商談がまとまった。
ヨーロッパの南端の島で多少とも人の役に立ったわけである。

カターニア・ウルシノ城前の広場 (矢印) 

 1968年8月11日

カターニア・ウルシノ城広場
(Piazza Federico di Svevia ) 拡大図

1968年8月11日

シチリア島 シラクーサ

8月11日、12;55カターニア発。14;30シラクサ着.
ギリシャ劇場、ローマ競技場、アンテ・ロマノ劇場などがある。  

シラクーサはシチリア島の南東部にある港湾都市。
こは古代ギリシャや古代ローマの時代に非常に栄えていたため、シチリア島内屈指の古代遺跡が多々ある。

シラクサの街角の広場

1968年8月11日 筆者撮影

ギリシャ劇場遺跡 

シラクサの街の郊外の2500年ほど前に建設されたこのギリシャ劇場を訪れた。当時15000人の観客を収容していたと言われているスケール。イタリアのシチリア島にギリシャ劇場の遺跡があることをシラクサの街の人から知ったので、本場のギリシャを訪れることなく、その遺跡を見ることが出来た。ギリシャ文明がエーゲ海、地中海を渡りシチリア島にまで達していたことを確認出來て感慨深っかた。

1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡

1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡

観客席が、直径63mもある。集客人数がなんと4000人。

1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡,  1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡,  1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡,  1968年8月11日 筆者撮影

シチリア島 ギリシャ劇場遺跡,  1968年8月11日 筆者撮影

古いさびれた町シラクサ発。。

8月11日シラクサ19;30発>列車中泊⑤>8月12日ローマ15;00着

8月12日 再びローマ。フォラム・ロマーノ、コロッセオ、サン・ピエトロ大寺院。23;33ローマ発。

フォラム・ロマーノ フォロ・ロマーノ(Foro Romano)

ユネスコ世界遺産

ロムルス兄弟に率いられたラテン人がローマを建設したのは紀元前750年頃とされる。フォロ・ロマーノの整備は紀元前6世紀に始まったとされる。フォロ・ロマーノはローマ市民の広場という意味で、政治・宗教の中心として機能した。

フォラム・ロマーノ

この土地がローマの中心となったのは、それぞれの周辺の丘にあった村落が徐々に連合を形成するにつれ、会合や会談の場として中立な原野が選ばれたことによるらしい。周囲の丘から流れ込む小川が合流し、テヴェレ川の氾濫水に悩まれていた沼沢地、低地の原野が、フォロ・ロマーノ遺跡のある場所であり、その後ローマ市の中心となった。

1968年8月12日 筆者撮影

フォロ・ロマーノの遺跡をゆっくりと歩くと、古代ローマの市民広場の雰囲気を肌に感じることが出来て、歴史上の一員になった気がした。

フォラム・ロマーノ, 1968年8月12日 筆者撮影

カラカラ浴場

古代ローマ遺跡の世界遺産

古代ローマといえば、紀元前300年代から水道の建築を行っており、カラカラ浴場ができた200年代には現代とほぼ変わらないような上下水道システムが完備されていた。カラカラ浴場では何台ものボイラーがあり、暖かいお湯は壁の間に通されたパイプにより浴室に供給されました。

212年から4年かけて、カラカラ帝により造営されたという。長さ225m、幅185m、高さは約40m、2,000から3,000の浴槽があった。浴場へ水を引き入れるための水道も作られていた。

カラカラ浴場,  1968年8月12日 筆者撮影

6世紀に異民族の侵入によって水道が破壊されると閉鎖され、よみがえることはなく今日までに至る。

カラカラ浴場跡, 1968年8月12日 筆者撮影

1968年8月12日 筆者撮影

カラカラ浴場跡

建物内部は豪華で、大理石やモザイクの床に、絵画や彫刻が壁や天井に描かれ、埋め尽くしていた。(写真下)冷浴室、熱浴室など各種の浴室のほか、一度に1600人を収容するほどの規模。現代に置き換えても想像を超えるほど巨大な建物であったことがうかがえる。

1968年8月12日 筆者撮影

バチカン市国

国自体がユネスコ世界遺産

バチカン市国の面積は44ヘクタール( ha)である。皇居の総面積115ヘクタール、高野山の総面積110ヘクタールと比較すると、それらの面積の40%程度の広さである。

下地図の赤線で囲まれた44ヘクタールの敷地内にぎっしりと宗教施設が建てられていて、密度のある宗教都市を形成していることがわかる。

赤線で囲まれた地区がバチカン市国となります。

サン・ピエトロ大聖堂

ユネスコ世界遺産

サン・ピエトロ大聖堂(Basilica di San Pietro in Vaticano)は、バチカン市内にあるカトリック教会の総本山。大聖堂はもともと使徒ペトロの墓所を祀る聖堂とされ、キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさを誇る。

サン・ピエトロ大聖堂は120年以上かけて建築され、1626年に完成した。ルネサンス様式とバロック様式が融合した巨大宗教総合建築と言って良い。

サンピエトロ大聖堂とローマの市街地を結ぶ唯一の道路 
1968年8月 筆者撮影

ファサード

ファサードは、8本の円柱、6本の半角柱、4本の角柱が支える。屋上にはそれぞれ5.7m高の聖人像13体が飾られ、2階部分には5つのバルコニーがある。その中央は教皇が祝福を行う専用となっている。

サンピエトロ大聖堂前の広場とファサード,  1968年8月 筆者撮影

サン・ピエトロ広場

広場は楕円形と台形が組み合わさった形にデザインされている。広場はコロネード(柱の列)に囲まれている。広場中央には、紀元前1世紀にエジプトのアレキサンドリアに建てられたものを運んで着た高さ25.3mのオベリスクが立つ。楕円中心部の左右には2つの噴水が並んでいる。

柱の総数はドーリス式円柱が240本、ピラスター(角柱)が88本。そして高さ3.2mの聖人像144体がある。(写真下)

大聖堂の前の広大なサンピエトロ広場は、30万人もの人が入れるといわれている。

サンピエトロ大聖堂前面のの楕円形広場
1968年8月 筆者撮影

バチカン市国の総床面積2万3,000m2。北に隣接してローマ教皇の住むバチカン宮殿、バチカン美術館などがある。

写真下に見られる二つの丸い穴は、堂内ドームの上部であり、さらにその上に自然採光装置としての縦長窓が造られていることがわかる。

サンピエトロ大聖堂のドームから見た広場と付帯建築
1968年8月 筆者撮影

システィーナ礼拝堂 Cappella Sistina

1473~84年,バチカン宮に建てられた教皇のための礼拝堂。下写真にある様に、他の建物の狭間にあり、外観のデザインの重要性がないので、簡素な長方形プランの煉瓦建築となっている。

ところが外観の簡素さと比べ、建物堂内は芸術作品で溢れ、ルネッサンス・フレスコ画の秀逸作品で埋め尽くされている。特にミケランジェロが描いた天井画は美術史的に有名である。

筆者が訪れた時期は夏休みの最中であり、礼拝堂の内部フロアーは立錐の余地もないほど見学者で満杯であり、壁画は人影で見えず、ひたすら首を上に向けて天井画を見るのが精いっぱいであった。これに匹敵する美術館の混雑空間は、パリ・ルーブル美術館のミロのビーナス周辺が唯一であった。これほど連日人が入るとCO2が室内にこもるので、フレスコ画の劣化が大きな問題であろう。

サンピエトロ大聖堂のドームからシスティーナ礼拝堂を見下ろす
1968年8月 筆者撮影

大聖堂のクーポラ

聖堂の右側にある中庭から、大聖堂のクーポラに上ることができる。クーポラの上の十字架までの高さは136mある。551段の階段を上っていくか、エレベーターを使って残り320段を上がるか、二つの方法がある。

サンピエトロ大聖堂のクーポラ・ドーム,  1968年8月 筆者撮影

クーポラ・ドームからの鳥瞰写真

バチカン市国の東側にティベレ川が流れ、その向こうに広がるローマ市が一望出来る。

ティベレ川に架かる橋からサンピエトロ広場に向かって、一直線の道路がはっきり確認出来る。

サンピエトロ大聖堂のクーポラ・ドームからローマの市街地を望む 

1968年8月 筆者撮影

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