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スペイン・コルドバ旅遊
2013年10月
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コルドバ CORDOBA
コルドバは、古代ローマ時代には、ローマ属州の首都であった。その後415-711年はゲルマン系・西ゴート王国に支配された。
711年、イスラム教徒が西ゴート王国を征服、イスラム朝はコルドバを首都とし、トレドと並んで西方イスラム文化の中心地として発展した。コルドバは、10世紀には世界最大の人口を持つ都市となった。
15世紀末、キリスト教勢力によるレコンキスタが完了すると、イスラム勢力がイベリア半島から撤退し、メスキータにはカトリック教会部分が増築された。

コルドバ歴史地区 世界遺産
メスキータ (mezquita)は、784年に建設が始められたモスク。メスキータ(mezquita)は、スペイン語でモスクの意味である。アラビア語 “Masjid”に由来する。
10世紀まで拡張が続き、レコンキスタ以後はキリスト教の聖堂となった。この聖堂を今日まで、固有名詞としてメスキータと呼んでいる。
正式には「コルドバの聖マリア大聖堂 (Catedral de Santa María de Córdoba)」であが、この世界遺産の大聖堂を、以下メスキータと呼ぶことにする。
下地図。メスキータとローマ橋。

ローマ橋 Puente Romano de Cordoba 世界遺産
コルドバ歴史地区に入るには、南側から入る。グアダルキビル川に架かるローマ橋が見えて来た。

2013年10月 筆者撮影
その名の通り、古代ローマ時代から、西ゴート時代、イスラム時代、カトリックの時代から現代までずっと同じ場所にあり、何度も補修をしながら、コルドバへの主要なアクセスの役割を果たしてきた。
メスキータやコルドバ歴史地区がある対岸まで長さ331mの橋である。

2013年10月 筆者撮影
16のアーチで支えられた全長230mの橋の中央には、聖人ラファエルの石像が佇んでいます。街の守護聖人です。

2013年10月 筆者撮影
メスキータ遠景撮影の絶好スポットからのワンショット。
この写真一枚に、ローマ属州の遺跡、イスラム朝の遺産、追加されたキリスト教の建築など、すべてが収まっている。他に類例のない世界文化遺産である。

2013年10月 筆者撮影
グアダルキビル川に残った水力による旧製粉所と云う説明を受けた。
写真の先方が、下流であり、セビリアを経て海洋に達する。

2013年10月 筆者撮影
カラオーラの塔 Torre de la Calahorra 世界遺産
カラオーラの塔は、コルドバ・ローマ橋の要塞。防衛施設として14世紀に建てられ、現在は博物館として使用されています。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
コルドバのメスキータ 世界遺産
コルドバのメスキータの外観(下)。メスキータとはイスラム教徒の礼拝所「モスク」を意味。8〜11世紀にかけて建てられ、13世紀のレコンキスタの後はキリスト教の礼拝堂として使われてきた。

2013年10月 筆者撮影
メスキータの鳥瞰図
かつてのユダヤ人街を含むコルドバ歴史地区は、街ごと世界遺産になっている。

当初はイスラム教徒とキリスト教徒は共存し、モスクの中に造られた礼拝堂で、日曜日はキリスト教徒が礼拝をし、金曜日にはイスラム教徒が集団礼拝をするという時代もあったそうだ。

2013年10月 筆者撮影
これらの連続アーチは、ローマ時代の様式を踏襲しているようだ。

2013年10月 筆者撮影
ローマ時代の建物基礎の遺構のようなものが、残されている。

2013年10月 筆者撮影
Calle de Torrijos(トリホス通り)
メスキータ西側のCalle de Torrijos(トリホス通り)。緩やかなスロープになっています。車の進入が規制されれば、より良い景観がえられるだろうに残念だ。

2013年10月 筆者撮影
サン・ミゲル門
こちらは西側にあるCalle de Torrijos(トリホス通り)にあるサン・ミゲル門である。サン・ミゲル門は、扉の上に馬蹄型アーチ、その上に交差型アーチ、左右に多弁型アーチがあり、とても凝った造りだ。
カリフ専用の門だった。現在は使われていない。

2013年10月 筆者撮影
カリフ専用の門。サン・ミゲル門。

2013年10月 筆者撮影
アルミナールの塔 メスキータの鐘塔 世界遺産
メスキータを囲む住宅街からアルミナールの塔をながめます。

2013年10月 筆者撮影
コルドバのメスキータの鐘塔は、コルドバで最も高い建物で、54mの高さを誇る街のシンボル的存在だ。モスクであった時代には、ミナレットであった。

2013年10月 筆者撮影
オレンジの庭園内から撮影。
メスキータでは、オレンジの木の他にシュロの木も植えられています。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
メスキータ
イスラム統治が始まった時、当時のカリフは、西ゴート族が使用していた聖ビセンテ教会を買い取り、モスクの建設をスタートさせたのが785年のこととされる。
イスラム教徒が増えるにつれ手狭になってきたので、後のカリフの時代に拡張を繰り返し、10世紀末には2万5千人が礼拝できる規模のモスク(オレンジ庭園を含めて)になっていた。
現在のメスキータ。

emispain.com/mezquita2 より
メスキータ・カテドラルに入場
オレンジの庭園(Patio de los Naranjos)
セビリア大聖堂(前述)で見た通り、このコルドバのメスキータ・カテドラルの領域にも、イスラム風のパテオ、オレンジの庭園が付属しています。
メスキータへは、セビリアの大聖堂と同様に、先ずオレンジのパテオに入り、礼拝堂にアプローチするのがきまりである。
このオレンジのパテオと礼拝堂の間の壁はふさがれておらず、19の開口により内外シームレスな空間であった。ここのオレンジのパテオで回教徒信者は、水によって手足を清め口をすすぎ、体を清浄にして、礼拝の間へ進んでいったのである。

2013年10月 筆者撮影
シュロの門(栄光の門)
シュロの門(栄光の門)は、その中でも塞がれなかったアーチの一つである。
日章旗を掲げたセニョリータ。
そのメスキータへの入り口である栄光の門前に、日章旗を掲げたセニョリータのガイドさんが、たたずんでいた。
メスキータをバックに映える光景だ。ユーラシア大陸の東の端の島国の国旗が、同じユーラシア大陸の西の端のアンダルシアの地で、セニョリータに掲げられ、存在感を発揮している。
それに感激して、一緒に写真を撮らせて貰った。

2013年10月 筆者撮影
ところで背後にある大理石柱の柱頭のデザインを見ると、ギリシャのコリント様式のように見える。左の金属製扉のパターンは、明らかにイスラム調である。
コルドバのメスキータ(内観)。
中に入れば美しい列柱とアーチを目にすることができます。支柱の多くはローマ寺院や西ゴート族の教会で使用されていたものを再利用したものだという。

中に入った
850本の柱とアーチの森。

2013年10月 筆者撮影
赤白マダラのイスラム風アーチは上下二重に造られている。

2013年10月 筆者撮影
上下二重アーチの森。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影
赤白マダラのイスラム風アーチ(奥)の上部に、キリスト教の白いドームが乗っかっているのがわかります。

2013年10月 筆者撮影
旧モスクのアーチにカテドラルの天井アーチ面が、スンナリと乗っている!!
ツギハギと言えばその通りだが、増築者が、過去の建築遺産に敬意を払った仕事の証と云えるのではないだろうか?

2013年10月 筆者撮影
左が既存のイスラム風アーチ、右は増改築の部分。

2013年10月 筆者撮影
左側の壁は、ギリシャ風のルネッサンス風で、全く様式の違うエレメントが挿入されている。

2013年10月 筆者撮影
筆者が学生時代の建築学科の「世界建築史」の教材に、このコルドバのメスキータの写真があり、たしか白黒のそれだったと思うが、その写真と解説に甚く関心を持ったものだった。その実物が今、目の前にあった。

2013年10月 筆者撮影
キリスト教国のスペインが、ようやくアラブから奪還したコルドバで、アラブ建築の象徴であるメスキータを破壊せず、その上に付け足し増築したのは、結果として文化遺産保存の観点から見れば大成功であったと思う。
写真 筆者撮影 2013年10月