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シンガポールの黎明期
1970年代
#9/10
シンガポールのナイトライフ

(Map of Singapore 1958 courtesy of National Archives of Singapore)
トロピカーナ・シンガポール
ナイトクラブ・トロピカーナはオーチャードエリアのスコッツロードにあり、シンガポール最大の超高級キャバレーであった。観光の目玉として当局から承認された「トップレス」が許された唯一の施設であった。地元の企業が、海外からの出張社員を接待する目的で使用するこの場所は繁栄し、1989年に廃業するまで営業が続けられた。

Copyright: SPH より
ブギス ストリート
シンガポールの繁華街として、オーチャードエリアが形成されつつあった1970年初頭、シンガポールの下町的なブギス・ストリート付近は沢山の人が集まるエリアで、低廉な飲食店や屋台などが路上に集結する庶民的な地域であった。

シンガポールの下町的なブギス・ストリート。内外の雑多な人々が好むが、治安の行き届いていない、用心が必要なエリアとして知られていた。

https://youyongfinalyearproject.wordpress.com/ より
ブギス・ストリートの裏側に当たる路地を観察すると写真の様な風景が広がり、乱雑で非衛生的な状態が、1970年代には普通によく見る光景であった。

1972年 筆者撮影
ブギス・ストリートは夕方になると、地元の人々が屋台に集まり、更に暗くなると、外国人はもとより、遠洋航海の水兵さん達も集まってくる。それらを目がけて靴磨き、物売り、物乞い、その他が 集まってきて喧騒の巷となる。
更に夜がふけて10時を回るころ、女装の変態たちがどこかともなく湧き出てくる。彼女(彼)らは、飲食中の旅行者たちの丸テーブルに集まり、グループ写真を撮ることになり、ポケットマネーを集めてテーブル席を渡り歩く。そして食事中の客たちは大いに盛り上がる。

1962年、ブギス・ストリートで上陸する西洋人船員たち。
Courtesy of National Archives of Singapore. より
更に夜が更け12時以降になるにつれ、小広場の公共トイレの屋根の上に登り、下写真の様なパーフォーマンスをする輩が飲食中の客の中から湧き出してくる。この2人は、おそらくベトナム戦争従軍の兵士達であろう。過酷な戦火のつかの間のシンガポール休暇をこうしてストレス解消の機会として、パーフォーマンスに没頭しているのであろう。この後お尻に挟んだ新聞紙に火をつけ合って、テーブル席の観客から拍手を貰ってショーを終える。(写真下)
筆者は当時まだ独身であったので、日本から若い芸術関係の訪問者があるたびに、このブギス・ストリートに案内し、喜ばれたものであった。ただし夜の3時以降になると客が少なくなり、泥酔した兵士たちと地元の人たちの間でいざこざが始まり、最悪の場合乱闘になるのを見たので、夜中2時ごろにはこの場所を離れなければならない。
この極め付きの風紀が悪かった界隈は、1970年代中頃になると、当局のブルドーザーが入りブギス・ストリート一帯の街区は丸ごと取り壊しになった。その更地にホテルやショッピングモールが建設され、今は知る人ぞ知る過去の消え去った場所となった。

https://the-singapore-lgbt-encyclopaedia.fandom.com/ より
ゴーゴークラブ・ライブハウス「ムゲン」
その後、一時帰国し、見学のため招待を受け、赤坂シーザーズパレス地下にあった高級ゴーゴークラブ・ライブハウス「ムゲン」のサイケデリックな舞台を訪れた。二次会では、六本木の芋洗坂にあった地下のアングラ劇場にも招かれ、それらの異空間にドップリとひたり、以後の現場での仕事に役立てるようにした。

blog livedoor jp より
1971年当時の赤坂エスプラネード通り。ここにゴーゴークラブ・ライブハウス「ムゲン」や「ビブロス」があった。

akasaka mugen home facebook より
この様なディスコは、1971年当時はまだゴーゴークラブと呼ばれていた。「ムゲン」は、1968年に開業し1987年に閉店した。まさに来る日本の高度成長時代の落とし子であったといえる。

disco memory net より
ネプチューン テアター レストラン
筆者が建築工事の監理に携わった開業まじかのネプチューン・シアターが真下にはっきりと見て取れる。

1972年 筆者撮影
舞台装置は東京のスペシャリストのデザインで、大阪の会社が製造を請け負い、筆者はコーディネーションの仕事にたずさわり、シンガポール、東京、大阪を往復した。
内装や舞台装置の工事も無事に終わり、開店に向かって準備の段階になった。(写真下4枚)

1972年 筆者撮影

1972年 筆者撮影

1972年 筆者撮影

1972年 筆者撮影
開店間際の舞台照明の調整
特注装置による舞台照明 1

1972年 筆者撮影
特注装置による舞台照明 2

1972年 筆者撮影
特注装置による舞台照明 3

1972年 筆者撮影
特殊なアクリル・ボールの天井照明

1972年 筆者撮影
開店そして営業開始
1972年10月、シンガポール最大のネプチューン・シアターレストランが営業を開始となった。特別に当局から認められたラスベガス・スタイルのトップレスショーが人気を博した。

Roots.sg より転載
この大規模レストランは、コンサートや、世界的なエンターテインメントパーフォーマーが出演者となり、一世を風靡した。

Roots.sg より転載
2006年に幕を閉じた。