シンガポールの黎明期 1970年代 #10/10

シンガポールの黎明期
1970年代
#10/10

シャングリラの第一号ホテルがシンガポールに建ちあがる。
1969年, マレーシアのシュガーキング(砂糖王)と呼ばれたロバート・クオック氏が、この広大な一等地の入札に成功し、ホテル建設が始まった。
その後このホテルは各国の首脳級の宿となり、数々の国際会議の舞台となった。この成功をバネにして、アジアの主要都市に、シャングリラのブランドを広げることになった。建ち上がり始めたシャングリラホテル。

1969年 筆者撮影

足場には、おびただしい数量の木材が消費されている。

おびただしい量の足場用の木材。1969年 筆者撮影

暑いので職人さんは、裸でしかもヘルメットなし!

鉄パイプ足場普及前の木材による足場。1969年シャングリラホテル建築現場。

1969年 筆者撮影

1969年 筆者撮影

1969年 筆者撮影

型枠工事

1969年 筆者撮影

1969年 筆者撮影

シャングリラホテルの現在 

シャングリラホテルの現在 sankei photo

OCBCセンターより鳥瞰する

1973年ごろ、シンガポールの知人である若いエンジニア達の誘いを受け、当時建設中であった超高層ビルを見学する機会を得た。建て主は、シンガポール3大銀行の一つ、OCBC(Oversea Chinese Banking Corporation Ltd)である。

高さ200m、52階で、設計者はアメリカの著名建築家 I. M Pei(1917-2019)ということを知っていたので、見学はまたとない機会であった。以下は当時撮影した写真である。

筆者が建築工事の監理に携わったネプチューン・シアターのプロジェクトが真下にはっきりと見て取れる。 

1973年 筆者撮影

低層の赤屋根のビクトリアンスタイルの建物。
ローパーサ・フードコートはビルの谷間に埋もれつつある。

1973年 筆者撮影

(左)DBS銀行本社ビル。大林組施工
(日本のゼネコンのうちシンガポール進出が一番早かった)
(中)低層ビル。シンガポール航空本社ビル。
(右)シンガポール年金機構ビルは建築中。 

1973年 筆者撮影

インターナショナルプラザ・オフィスビル。50階。建築中。
海の向こうはセントーサ島。
手前のコロニアル風低層の建物は、交通警察。筆者も運転免許の更新のために訪れた事があった。

1973年 筆者撮影

シンガポール川の河口にあったUOB 銀行の本店ビル。
1980年代に取り壊されツインタワーに生まれ変わる。

1973年 筆者撮影

真ん中のツインタワーはUOB 銀行の本店ビル。丹下健三氏設計、1980年代完成。
右端にOCBCセンター.I M Pei氏設計。1970年代完成。
遠方に:IRマリーナ・ベイ・サンド

2000年ごろ筆者撮影

シンガポール川の河口。右手に旧中央郵便局(現フラートンホテル)
英国植民地時代からの2つの鉄骨造の橋、現在も健在。
アーチ橋の向こうに、シンガポールのシンボル、マーライオン。

1973年 筆者撮影

汚染したシンガポールリバーに係留する積荷ボート。
川の両側に連なる倉庫群、クラーク・キー。

その後積荷ボートは禁止になり、川もきれいになり、両岸はリバーフロントのエンターテインメント街に変貌。

1973年 筆者撮影

チャイナタウンの集合住宅、完成間近か。1973年。

1973年 筆者撮影

工事中OCBCセンターよりオーチャードエリア方面を望む。完成間際のマンダリンホテルが正面に見える。背景にはブキティマ・ヒルなど高地が見渡せる。

1973年 筆者撮影

ヘルメットの3人組

工事中のOCBCセンター

1973年 友人撮影

ヘルメットの3人組、OCBCセンター現場にて。
1973年 友人撮影

ヘルメットの3人組、OCBCセンター現場にて。
1973年 筆者撮影

1973年 筆者撮影

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