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アメリカ・メキシコ,
#2/6
1977年
ラスベガス
アメリカ・メキシコ視察旅⾏
サンフランシスコ~ラスベガス~ロスアンジェルス
サンフランシスコーラスベガスーロスアンジェルス ⽚道航空券。
1977年3⽉。$93ドル。記帳は⼿書きで、控えはカーボンコピー。
コンピュター、デジタル化はまだまだの時代であった。

ラスベガスを視察する
1977年3⽉7⽇、サンフランシスコからネバダ州のラスベガスへ。
トランスワールドエアラインのフライトで向かった。途中ネバダ砂漠のデスバレーの上空を通るのだが、本当に何も無い乾燥した⼤地であった。
ラスベガスはホテル付き賭博場に特化した⼈⼯都市である。
1977年当時のランドマークは、シーザーパレス、MGMグランドホテル、サハラ・ホテル、ザ・デューンズ、ザ・サンズ、スターダスト、アラディン、フラミンゴ, などであった。
皆24時間営業は勿論で、⾮⽇常的な⼤⼈の遊び場を提供することで成り⽴っていた。館内は、窓など開⼝部が無く、⼈⼯照明のみで、時計さえ⾒なければ昼夜にわずらわされることなく、遊び続けられる仕組みになっていた。
当時はアメリカでさえ、全てがデジタル化される何⼗年も前であった。
客室のドアを開錠するには、⾦属製のドアノブを⾦属製のキーを使い開けるタイプが、どのホテルにも採⽤されていた。砂漠地帯のネバダ州は、シスコやロスに⽐べてとても乾燥していた。
部屋を出⼊りするたびに、きつい静電気ショックを受けなければならなかった。
今はカードでタップすればよいので、安⼼である。
夜の催し物には、⼤きな劇場でトップレスショーが、華やかにおこなわれていた。
シーザーパレス
シーザーパレスホテルの夕方の駐車場。沢山の車が止まっている。

1977年 筆者撮影
デューンズホテル
デューンズホテルは、ネバダ州パラダイスのラスベガスストリップにあるホテル兼カジノであった。1955年5月23日から1993年1月26日まで運営されていた。我々一行3人は、このデューンズを2晩の宿とした。
デューンズホテルの巨大看板。

1977年 筆者撮影
アラディン ALADDIN

1977年 筆者撮影
MGM グランド
1966年、シーザーズパレス(Caesars Palace)オープン。 1968年、ラスベガスヒルトンホテル(Las Vegas Hilton) オープン。
MGMグランドは、 1973年にオープン。
1960年代から高層のホテルが次から次へと建てられて行った。

1977年 筆者撮影
MGMグランド入口。大きなアメ車が沢山駐車している。

1977年 筆者撮影
MGMグランド入口。

1977年 筆者撮影

1977年 筆者撮影
グランドキャニオン遊覧
セニック・エアーラインの手書きの航空券。261ドル。1977年3月8日。

グランドキャにオン遊覧、SCENIC AIRLINE TICKET
ラスベガスの軽飛行場に待機するセニックエアーラインのセスナ機。

1977年 筆者撮影
ラスベガスの軽飛行場から、セニックエアーラインのセスナ機で、グランドキャ二オン遊覧をすることになった。しばらくの間、砂漠の上を飛ぶ。

「フーバーダム」
フーバーダムはラスベガス近郊にあるコロラド川を堰き止めた巨大ダムである。
1936年に完成した。世界恐慌の時代に、世界中を驚かせたダムである。その大きさは日本中にあるダムの合計貯水量を上回るという。
ダムの建設中に、熱中症のため97人が死亡したという。
ダムの形状はアーチ式で、高さ221m、幅379mであり、ダム湖はミード湖と呼ばれる。貯水量は約400億トン。日本最大の湖である琵琶湖の貯水量は約280億トンである。
フーバーダムの水力発電所からの電力は、ラスベガスは勿論、カリフォルニア州、アリゾナ州の各都市に供給されている。
極度の乾燥地であるラスベガスの緑地にはすべてスプリンクラー施設が稼働しており、緑が保たれている。この潤沢な水の供給源がフーバーダムであることが納得される。
フーバーダムのミード湖の上空を飛行しています。

1977年 筆者撮影
峡谷の割れ目に降下!
軽飛行機はこの峡谷の割れ目の中に降下し、飛行をしばらく続ける

1977年 筆者撮影

1977年 筆者撮影
水平の地層の帯がはっきりと視界に入ってきた。

1977年 筆者撮影

コロラド川に達すると、セスナ機は峡谷の中に入っていった。
かなり下降するので目線の両側が切り立った壁になり、空が狭くなる。
予告なしの運行であったので、おどろくと同時に独特のアクロバティックな快感を味わった。峡谷内飛行が終わると、機は何事もなく崖上に浮上し着陸した。

1977年 筆者撮影
この峡谷内を飛行する!

1977年 筆者撮影

1977年 筆者撮影
自然の造形が美しい。茶色一色の渓谷の壁。

1977年 筆者撮影

1977年 筆者撮影
アリゾナ州側に着陸
セスナ機は峡谷崖上の小さな飛行場に着陸。ここはネヴァダ州を挟んで、コロラド峡谷の西側、アリゾナ州である。
アリゾナ州の飛行場の近くに展望台があり、峡谷の地層をまじかに観察することが出来る。

1977年 筆者撮影

1977年 筆者撮影

1977年 筆者と同行者
1977年に筆者が撮影したラスベガスの数軒のカジノ・ホテルホテルは、時代の移り変わりにマッチ出来ずに、現在は姿を変えていて、今は同じ建物を見ることが出来ないだろう。
それに比して自然景観であるコロラド川峡谷は、悠久の時を刻み続けていることであろう。
コロラド川峡谷のフーバーダム(人工物)の下流は100km以内には、人工物である橋の架橋がなされていません。日本列島と比べ、北米.大陸はデカイ。