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東ジャワ州 のヒンズー王国遺跡
1983年
東ジャワ州、避暑しながら、ヒンズー教王国遺跡巡りのルートマップ

シンガサリ王国 Singasari
シンガサリ王国は、1222年にクディリ朝を倒して建国された。日本で言うと鎌倉幕府の初期の時代と重なる。1292年に滅ぼされたので、70年の短い王朝であった。
シンガサリ寺院
マジャパヒト王国以前に存在したシンガサリ王朝の遺跡。東ジャワ州第2の高原都市マラン市郊外にある。
修復前

1983年 修復前 筆者撮影
修復後。

修復後
チャンディ ジャウィ Candi Jawi
地トレテスへ向かう登り道路の近くにある。
シンガサリ王国、ヒンズー寺院の遺跡。

1983年 修復前 筆者撮影
川の浸食・遺跡が姿を現す!
シンガサリ王朝の遺跡があるマラン市から、ドライバーとフォルクスワーゲンのコンビで、スカルノ大統領の墳墓のあるブリタールに向かった。途中で川に遭遇したので、休憩のためしばらくとどまることにした。
しばらく川べりを歩いていると、川岸に埋まっていた遺跡の上部が露出しているのを発見した。長年にわたる火山灰層に埋められた建造物が、川の浸食によりその姿を再び地上に現したに違いなく、いたく感激した。

1983年 修復前 筆者撮影

1983年 修復前 筆者撮影
川岸に埋まっていた遺跡の上部が露出。

1983年 修復前 筆者撮影
元寇の侵攻ルートマップ

マジャパヒット王国
スラバヤから車で1時間ほど南西に50kmゆくと、モジョケルトという名の町に至る。この近くのアルジュナ山の麓に、いにしえのマジャパヒット王国の遺跡が集まっている。
14世紀後半、最盛期を現出し、ジャワを除くインドネシア全域とマレー半島の一部を服属させ、ジャワ史上最大の領域を開き、南海の海上交易ルートを掌中に収めた。沖縄とも交易を行っていたとされる。王国は約 150年間続いた。
マジャパヒト王国について調べてみると、13世紀から16世紀にかけてジャワにあったヒンドゥー教王国とされる。侵攻して来た元軍の侵略を撃退して、スラバヤ付近のマジャパヒトに建国したとされる。(1293年) その後、元に使者を遣わして朝貢し、友好関係維持につとめ、内政をととのえた。
マジャパヒド王朝の最大版図

マジャパヒド王朝の最大版図
このヒンドゥー文化はその後バリ島に伝えられ、その影響が今日にまで及んでいる。

マジャパヒット王国の首都
チャンディ ティクス Candi Tikusu
当時の王都のヒンドゥー遺跡のひとつである。中規模の沐浴場を兼ねた遺跡。レンガ造りで、修復前の崩れて散乱したレンガの状態が、栄枯盛衰の感があり、残された美に感じ入ることが出来る。

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影
熱帯の強い日差しの下で、まさに「つわものどもの夢に跡」感を、味わうことが出来る。

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影
修復されて遺跡本来の美が喪失した!!
以後に修復されたティクスの遺跡。新しくなって遺跡本来の美が喪失した!!

1983年 筆者撮影
トロウラン Trowulan
チャンディ ティクスの近くにあるマジャパヒト朝王都のヒンドゥー遺跡のひつ。
赤レンガを多用している。

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影
モジョケルト博物館 Mojokerto
マジャパヒト王国の遺跡群の近くに博物館があり訪れてみた。文化財保護の予算に限りがあるらしく、沢山の貴重な石彫や壁のレリーフが、説明文もなく室内や野外にあちこちにおかれていた。みな鑑賞に堪えうる芸術作品であると思うのだが。。。
以下8枚 1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影

1983年 筆者撮影