シンガポールの黎明期 1970年代 #4/10

シンガポールの黎明期
1970年代
#4/10

失われて行った海辺の風景

PUNGGOL POINT

シンガポール島の北側、ジョホール海峡を介して対岸にマレーシアを望む突き出た陸地がプンゴール・ポイントとよばれている。(下地図)市街中心部から北東20㎞の位置にある。

National Archives of Singapore Ref: TM001021 より転載・加工

プンゴール・ポイントの1971年の風景

シンガポール市街地の建築現場のバトルと喧騒からの.息抜きにここを訪れると別世界感を味わえ気分転換になるので、週末になるとしばしばプンゴール・ポイントを訪れた。

市内を抜けると農園、果実園、養豚、養鶏場が10kmの道路脇に広がり、その終点に船着き場や野外海鮮食堂があるのどかな行き止まりポイントであった。

プンゴール・ポイント 右は海鮮料理店 1971年筆者撮影

プンゴール・ポイント 路上での商売. 1971年筆者撮影

海上の小屋

海辺には「ケロン」とよばれる小屋が海に突き出している。週末このケロン小屋のなかで、真下で獲れる新鮮な魚介類を焼き、飲み食いしながら、夜のマージャンに興じたりすることが出来た。(写真下)

後になり、これらの簡易施設は、法律により違法建築の対象として取り壊しの対象となった。その後は、こういったトロピカルな海上装置を楽しむには、マレーシアかインドネシアに出国しなければならなくなった。

プンゴール・ポイント 「ケロン」 1971年筆者撮影

夕方のボート。対岸はマレーシア。これぞ「南洋」の光景。

プンゴール・ポイントの沖合、波穏やかなジョホール海峡上には、洋上レストランがあり、獲れたての魚介類が食べられた。自宅から包丁、醤油、わさび、などを持ち込んで自前の刺身を造り楽しむことも、週末の息抜きとしてのひと時であった。

ジョホール海峡 海上レストランに向かう手漕ぎボート 対岸はマレーシア

1971年筆者撮影

国土を増やす!

大規模な土地の掘削と埋め立てが始まっている

1970年ごろ、週末にシンガポール北東部の郊外をドライブしていると、偶然にも、下の数枚の写真の様な大規模掘削が行われている現場に出くわした。
草木は伐採され、前の写真の様な木造民家も、果樹園も同時に取り払われたに違いない。

あらわになった地肌で遊ぶ子供 1971年筆者撮影

当時筆者が出入りしていた1970年前後のシンガポールの人口は200万人といわれていた。面積は淡路島と同程度(約580km2)といわれていた。その後しばらくして、面積は東京23区(約620km2)にたとえられるようになり、さらに2017年ごろになると国土は約720km2となった。47年間に約24%の増加であり、東京23区に川崎市の面積を加えた広さに達したことになる。

1970年代は、中心部からチャンギヴィレッジまでは、戦前に出来たであろう細い道(East coast road)があって、そのすぐ脇は海岸線で、海に面したハヤリの大規模海鮮料理店があった。

野外の遊びに熱中の子供たち.

1971年筆者撮影

これらシンガポール東部の台地から掘削された大量の土は、ベルトコンベアーで海ぎわに運ばれ、今日のチャンギ空港の埋め立て造成に使用された。
また掘削されたあとの土地には、大規模な高層住宅団地が造られて行った。

1971年 筆者撮影

はるかかなたに海が見える.

1971年 筆者撮影

埋め立てにより出現した、現在の空港から市街地に通じる片側3車線の道路は、ブーゲンビリアやレインツリーが連続するすばらしいアクセスに変身した。
これらは、約15キロにわたり、すべて埋め立てによりなされた。

海面埋め立てによる国土の拡張

シンガポールの海岸の8割程度は埋め立てにより、自然に形成された砂浜やマングローブ林から、人工的な砂浜かコンクリトの護岸に変貌した。(地図下)

着色された地域が埋め立てられた。この埋め立て事業により、沖にあった大小60程の小島や岩礁の周囲に生息したサンゴ礁の60%が失われたと推定されている。

Singapore’s coastline in 2002 from Singapore Waters: Unveiling our Seasより転載

外国からの砂・砂利の運搬

旺盛な国土拡張の埋め立てと、土木インフラ公共事業・事業所ビル・公共住宅建設のブームが到来、砂、砂利など建設資材は国内で賄うのが困難な時期が到来した。

その後もインドネシアの領土である小島(カリムン島)の丘を切り崩し、砂利や砂をタグボートで輸入したりして、建材や埋め立てに使い、永年にわたり国土を増やしてきた。(地図下)

それがかなわなくなると、はるかカンボジアにまで手を伸ばし、川砂の輸入を試みたりした。小生の知人が資材輸入にかかわっていたのでそれを知ることになった。

砂利運搬の海上ルートマップ

開発至上主義と失われたエコシステム

マングローブ林の面積は1820年頃全国土の18パーセント(下地図の緑色部分)を占めていたが、現在は 0.5%に減少している。

Loss of coastal ecosystems より転載

経済成長と人口増加

下の地図は1941年に作成されたシンガポールの地図である。市街地の周りには果樹園やゴム園など樹林に覆われていたことが良くわかる。また複雑な気水面が陸地に食い込んでいて、マングローブ林が繁茂し豊かなエコシステムが存在していたであろう。

Map of the British Colonial War Office depicting Singapore island’s urban landscape and forests, 1941.

下の地図は2010年頃のシンガポール地図。

1980年代以降、シンガポールは爆発的な経済成長と都市開発が起動。市街地は継続的に拡大していった。

singaporerecords.com/fastest-growing-country-through-land-recla より転載

現在の森林保護区

シンガポールに最後に残された自然林地域は、本島に2箇所、ジョホール海峡の2つの外島のみとなり、周囲は事業所ビルや公共住宅地に転用された。

8404577234_dfb6e70c84_b より転載

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