スペイン,ヴァレンシア旅遊 2013年10月 #2/2

スペイン,ヴァレンシア旅遊
2013年10月
#2/2

スペインで諸都市を旅遊してきたが、ここバレンシアで現代建築に出会った。

芸術科学都市 Ciudad de las Artes y las Ciencias 

芸術科学都市は、 科学教育と芸術のための施設の複合体である。1996年に建設が開始され2005年に完成した。設計者は、世界各国で活動しているサンティアゴ・カラトラバ氏(Santiago Calatrava Valls)である。彼はアテネオリンピックのスタジアムを手がけたほか、橋梁を多数設計した。

カラトラバの建築は、無数のむき出しの骨格が構造技術と調和がとれるよう、うまく組み合わせた独特で創造的な建築スタイルが特長である。

もう一人の共同設計者はマドリード生まれのメキシコの建築家フェリックス・キャンデラ(Félix Candela)、1910-1997。彼は1939年スペインに内戦が起こるとメキシコに亡命し、そこで設計活動を始めた。1971年から米国に移住したが、キャンデラの作品のほとんどはメキシコに存在する。彼の作品は、構造と表現が一体化した流れるような曲線や曲面の空間を作り出したことで有名である。

芸術科学都市の鳥瞰図

芸術科学都市 の案内板。この広大な敷地は、もともとバレンシアの中心を流れていたトゥリア川が1957年にに大洪水を起こしたため、市の南側に放水路を設け付け替えられた。トゥリア川の旧い川床は公園となった。後になりこの場所に芸術科学都市が計画され、5つの印象的な現代建築群が連なることになった。

フェリペ王子科学博物館 Museu de les Ciències Príncipe Felipe

40,000m2の広さでインタラクティブな展示を行う。
今回は外観のみの撮影にとどめた。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

L’Umbracle ルンブラクレ
ルンブラクレ(L’Umbracle)は一階にプールサイドの開放的な公共空間 : 2階に庭園 – 散策路。2階にはバレンシア固有の植物種の植えられた庭園と、オノ・ヨーコらの彫刻のある彫刻庭園がある。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

放物線のアーチ。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

ソフィア王妃芸術宮殿 Hemisfèricレミスフェリック。

映画館・プラネタリウム・レザリアムを内臓している。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

Àgora

スポーツ、コンサートなどの各種イベントなどが模様される施設である。

2013年10月 筆者撮影

Regne橋 (Pont del Regne)の守護獣(ガーゴイル)

ガーゴイルとは、雨どいの機能を持つ、怪物をかたどった彫刻のことを指します。中世宗教建築(教会や修道院)の屋根にガーゴイルは設置され、雨どいから伝って来た雨が怪物の口や様々な場所から流れ出るようになっている。同時に魔除けの意味の造形でもある。

ガーゴイルは普通、獣の姿であるが、この橋の場合、人間の姿に羽の生えた動物型悪魔をかたちどっている。この左右二つの橋上のガーゴイルの作家は、彫刻家ジョーン ・ マルティで、素材は青銅である。橋上に魔除けを設け市中を防衛する守護獣は珍しい。右側が市街地、左側が郊外。

2013年10月 筆者撮影

バレンシア大聖堂にあるミゲレテ(El Miguelete)の塔

旧市街の中心地にあるカテドラル。ここは元々、アラブ人によってモスクが建てられていた場所であったが、13世紀から14世紀にカテドラルに再建築された。

2013年10月 筆者撮影

バレンシア旧市街の中心地・レイナ広場にある、ミゲレテの塔が目印の大聖堂。150年以上の年月をかけて建築されたこともあり、ゴシック、バロック、新古典など、様々な建築様式が混在してい建物となっている。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

道路標識

バレンシアの道路標識は、バイリンガル(2言語)で表記されている。一見してスペインは、首都マドリードを中心にした統一国家の印象があるが、バレンシア地方にはバレンシア語が使われ、バルセロナでは、カタロニア語が、日常に使われている。

道路標識は、上にスペイン語、下にバレンシア語が表記されている。

2013年10月 筆者撮影

横道のカフェ。

2013年10月 筆者撮影

バレンシア北駅 València Nord

バレンシアの中心部に位置する北駅は、モデルニスモという様式でバレンシアの建築家デメトリオ・リベス・マルコスが1917年に完成させたものである。

この駅にはAVEはじめ中距離・長距離列車が乗り入れており、バレンシアの近郊をはじめ、主要各都市へのアクセス拠点となっています。

2013年10月 筆者撮影

ゆったりとした駅前広場。地下鉄が下を通り乗り換えには便利。
左となりにナント闘牛場!

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

写真左にバレンシア北駅(València Nord)。
右に闘牛場(Plaça de Bous de València)。
大きな集客施設が、お互いが隣り合っている。

闘牛場 Plaça de Bous de València

バレンシア闘牛場は、世界で2番目に大きな闘牛場だそうだ。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

バレンシア市街地の光景。

下の写真は、バレンシアの中心市街地の建物を車中からひたすら撮り貯めたものである。電柱や電線を見ることはなく、ましてや空調器機を外壁に設置してる建物はない。壁の落書きや、ゴミ箱、ゴミ類も視界に入ることがない。都市の管理が行き届いていて清潔で、市街地を詮索するのが、とても楽しい。

2013年10月 筆者撮影

古い建物にアップル・ストア、若い人達のグループ。

2013年10月 筆者撮影

バルコニーと手すりのデザイン。

様々なデザイン、バライアティーがあり、見ていて飽きることがない。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

お役所。

2013年10月 筆者撮影

2013年10月 筆者撮影

レストラン。

2013年10月 筆者撮影

角地の銀行の建物。

2013年10月 筆者撮影

銀行1階の厳重なグリル。

2013年10月 筆者撮影

スペイン経済危機 (2012年)

バレンシアの街中で、小休止のため野外でくつろげるカフェに入った。隣りのテーブルに旅行者風のシニア夫妻がいて、どちらからというわけもなく、お互いに声掛けをして雑談に入った。

彼らはドイツ人で、バレンシア近くの海浜のリゾートで余生を楽しんでいるという。

彼によると、スペインが2000年代前半からは低金利を背景に主要都市や沿岸部のリゾート開発で不動産産業が急成長した。リゾート物件に対しての投資者は、地中海の温暖な気候にあこがれていたイギリス、ドイツ、オランダ等のヨーロッパ北国の人々であった。

2000年代後半、リーマンショックで不動産バブルがはじけ、影響が長引き、2012年に深刻な状況となったとのことであった。
建築途中のリゾートは建設会社に放置され、投資家も暴落した物件を放棄してそれぞれの国に引き上げたそうな。

世界金融危機でバブルがはじけたスペインでは、空き家や開発途中のプロジェクトなど全土で140万の物件が放棄されたという。恐ろしいことだ

36年余り近く続いたフランコ独裁政権の崩壊後、1980~90年代にかけてこの国は自由主義経済の優等生へと変貌。
2000年代前半からは低金利を背景に主要都市や沿岸部の開発で不動産産業が急成長した。経済は潤い、多くの国民が「自分の家を持つ」という夢を思い描いた。

筆者が訪れた2013年当時は、金融危機でバブルは盛大にはじけ、失業率は過去最悪の27%を記録したとのことである。
現地に住んでいる外国人の話を聞き、この裕福そうな町並みの外観からはうかがい知れぬ実情を知ることになった。

ドイツ人シニア夫妻と筆者。バレンシアのカフェにて。

2013年10月 撮影

写真 筆者撮影 2013年10月

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