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バンコク #2/2
1981~88
バンコク・オリエンタルホテル
1981年 バンコク
この年に、はじめて家族の観光旅行で、バンコクを訪れつことにした。仏教の国の首都の宮殿や寺院を、ゆっくり見てまわり、加えて豊かにめぐりまわされた水路と水上市場を訪れたかったのだ。宿泊は、バンコクの母なる川、チャオプラヤ川に面した歴史的遺産であるオリエンタルホテルに、ぜひとも泊まってみることであった。
オリエンタルホテルのラウンジ

1981年 筆者撮影
客室からチャオプラヤ川を、文字通り眼下に収める。背景に川の両岸を結ぶ建設中のタクシン橋

1981年 筆者撮影

1981年 筆者撮影
バンコク・オリエンタルホテルの歴史について調べてみると、次のようなことが、わかってきた。1863年に、シャム王国と大英帝国の間で結ばれた門戸解放条約のすぐ後に、このオリエンタルホテルの歴史が始まったということである。まさに明治維新前!その後、所有者を換えながら、シャム王室の加護もあり、この国最高級のホテルの地位を確保していった。そして1891年、ロシアの皇太子二コラスが、最初の王室のゲストとなった。第二次大戦中は日本軍に借り上げられ、帝国ホテルにより運営された歴史もある。
バンコク・オリエンタルホテルの中庭

1981年 筆者撮影
バンコク・オリエンタルホテルのロビーから中二階に登る階段

1981年 筆者撮影

1981年 筆者撮影
パテオ

1981年 筆者撮影

1981年 筆者撮影
客室階の廊下から見下ろした1階ロビーラウンジの屋根

1981年 筆者撮影
客室
客室の家具と調度品

1981年 筆者撮影

1981年 筆者撮影
ライティングデスク

1981年 筆者撮影
1981年のテレビ、バー、冷蔵庫

1981年 筆者撮影
ベッドサイドテーブル

1981年 筆者撮影
バンコク・リージェントホテル
1988年 バンコク
また久しぶりに用事があり、バンコクにやってきた。今度は市中心部のリージェントホテルに泊まった。シンガポールで知り合ったタイ人の建築透視図アーティストとホテルで落ち合った。彼にこのホテルの宿泊料を尋ねられ答えると、バンコクの一般事務員の月給に相当するとのことであった。

バンコク・リージェントホテル、ロビーの天井画
ホテルロビーのすばらしい天井画について現地の知り合いから解説があった。話によると、下写真の天井画は、仏教寺院の絵師によってなされ、足場組みの上で仰向きの状態で長時間での仕事となり、完成後疲労困憊のため命を落とされたとのことであった。しかし彼の作品は、後世に残った。

1988年 筆者撮影
庭の東屋

1988年 筆者撮影
トゥクトゥク。バンコクの庶民の足

1988年 筆者撮影
この当時から、バンコクの道路の渋滞はひどいものであった。当時のドンムアン空港へは、鉄道なしの車でのみアクセスあった。まだ高速道路もなかったので、信号の多い渋滞した一般道路を、沢山の信号機にはばまれた。空港到着時間の予定見積もりが難かしく、いつもひやひやであった。
空港に行く途中にあった大型ホテル

1988年 筆者撮影
地盤の悪そうな市内の一等地に建ちあがる建造物

1988年 筆者撮影
不動産売り出しの看板、ホンダの看板、そしてトヨタのミニバス

1988年 筆者撮影
バンコクのカフェ
地元の知人の紹介で、街中のカフェを訪れた。概観はしゃれた洋風の建物で、中に入ると、地産地消のタイのチーク材を使った内装で、落ち着いたコーヒー屋さんであった。燦然と輝く王宮や、豪華なホテルとは対照的で、肘を張らずに自然にリラックス出来る空間が、とても印象に残った。
チョットしゃれた洋風の建物

1988年 筆者撮影
造作はすべてチーク材

1988年 筆者撮影
客席の後ろにコーヒー豆の麻袋

1988年 筆者撮影
むくのチーク材を使用した棚

1988年 筆者撮影