インド紀行 1989 #5/26 ジャイプール・1

インド紀行 1989
#5/13
ジャイプール~1

ラジャスタン州

ジャイプールは、パキスタンと国境を接するラジャスタン州の首都である。
ラジャスタン州の面積は、342,236km²で、インドで面積が最も大きい州である。
日本の面積は377,915km²であるので、ほぼ日本ほどの大きさだ。
ただし半分以上が砂漠状の乾燥地帯で、ラクダが良く似合う州である。
ムガール帝国の初期には、イスラム征服帝国に抗して、ヒンドゥー教徒藩国の独立を守るために激しく抵抗したことで知られる。
ラージャスターン州には、6っの丘陵城塞群が、ユネスコ世界遺産に登録されている。ここは、まさに世界遺産の宝庫であるといえる。

ジャィプール JAIPUR CITY

18世紀ごろヒンドゥー教の方位観を基本として、計画的に建設された都市だという。
ジャイプールの CITY PALACE を中心として、南北軸の北側に丘陵城塞AMBER FORTを配し、南側の軸線上に RAMBADH PALACE ホテルがある。

地図スケッチ 筆者作成

ランバーグパレスホテル  
RAMBAGH PALACE, JAIPUR

このホテルは、ジャイプールのマハラジャ(藩王)が1931年に、すでにあった邸宅を増築したのが始まりといわれている。第二次大戦後、インドから英国が去り、インドは共和国になることになったと同時に、藩王国は消滅することとなり、マハラジャは一市民となった。
ホテルのバトラーの説明によると、藩王の妃、マハラニ・ガヤトリ・デヴィは「世界一美しい王妃」と称された伝説の人で、ランバーグホテルの物語はホテルの主であった彼女の存在なしには語れないとのことであった。
最後のマハラニといわれ、2009年、ジャイプールで90歳で永眠した。筆者がホテルに宿泊した頃は70歳であったことになる。

マハラニ・ガヤトリ・デヴィ PIMTEREST.JP

120年以上に渡り、王族の生活の一部だった宮殿が、改装されてホテルとしてオープンしたのは1957年のこと。その後、エリザベス女王やジャクリーン・ケネディなど、世界中のVIPがもてなしてをうけている。

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

チェックインを済ませて、回廊を渡り中庭を眺めながら、スイートルームに案内してもらう。

1989 筆者撮影

スイートルームに向かう廊下の天井の仕事が秀逸である。

1989 筆者撮影

客室に向かう途中で目にする、すかし窓やアーチ天井のデザインが心地よい。

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

スウィートルームのしつらえ 

マハラジャの図書室

ホテルのバトラーの説明によると、このスウィートは、ジャイプールのマハラジャの図書室であったそうである。さすがの品格である。宿泊したこの部屋の面積は実測したところ70m2あった。

壁はすべてチークのムク材が使われている。1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

浴室。

1989 筆者撮影

POTHIKANA SUITE ルーム 

位置は中庭に面している。

1989 筆者撮影

POTHIKANA SUITE ルームの実測図(下)2泊

筆者実測作図

ホテルの広く静かな中庭で、インドビールとインディアンティーを︕

1989 筆者撮影

夜は、ルームサービスを注文した。野菜たっぷりののカレーライスが来た。食べてみたら上品な香りで、美味であった。北部インド本場のダルカレー味である。外国人の趣向に合わせて、スパイスの調整をしているようだった。

1989 筆者撮影

ジャィプール交通事情

今日は一日たっぷりあるので、早朝からジャィプールの町じっくり見てみよう。
人力車で廻ることにした。ホテルのドアマンに人力車の手配を頼むと、車なら良いが、人力車はホテルの玄関には寄り付きが出来ないと言う。ホテルの格式がそれを許さないわけだ。

その言わんとする意味が解ったので、ホテル隣接の公園まで行って、そこに待機している人力車を見つけることにした。時間決めの料金を交渉し、ジャィプールの町を外気を感じながら、ゆっくり観察することにした。

1989 筆者撮影

1989年当時のジャイプールの人々と各種の交通手段の観察である。
バスの屋根も乗客席だ。屋根の両脇に脱落防止の柵がある。
登るための鉄製梯子も設けられている。雨が少ない地方なので、これでもOKか︖

1989 筆者撮影

ぎゅうぎゅう詰めのオート三輪バス。

1989 筆者撮影

インド発祥のオート三輪、バジャイ。

1989 筆者撮影

自転車も多い。

1989 筆者撮影

人力車もある。

1989 筆者撮影

牛車もあった。

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

自転車

道路は写真の様に、歩道と車道の境があいまいな使われ方になっている。
自転車、バイク、三輪自動車、普通車、トラック、牛車そしてラクダまでが、車道をぞろぞろ歩く色とりどりのサリーをまとった女性群に混じって、お互いに居所を確保して動いている。

東アジアの市民は、近代になって伝統衣装を捨て、洋装に転じたが、ここインドでは日常の普段着は昔のままのサリー一色である。

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

駱駝車も混じって行進。

1989 筆者撮影

客待ちの車夫たち。

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

ヤギの親子とそれを見守る回教徒の女性。

1989 筆者撮影

インド砂岩の建物

1989 筆者撮影

1989 筆者撮影

インド砂岩の城壁をバックに青空マーケットがあった。

写真、1989年筆者撮影

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