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ブラジル長期滞在の記 #4/15
日系人社会
海外渡航、1962年
サンパウロの日系人達
ある日ある時、知人の紹介でサンパウロ大学教授のお宅に招かれる事になった。これはその晩の食後の写真である。

筆者左端
集まった人達は小生以外は、ブラジル生まれの日系2世である、みな正装してエリート然と写真におさまっている。会話上の共通言語はポルトガル語である。両親である日系一世の出身地は、国内の地方の田舎が多く、家庭内での言葉は方言が使われている。そういう事情があって、日本の標準語がブラジル二世の間で使用されることは稀である.
戦前からブラジル奥地に農業移民で渡って苦労を重ねてきた一世の成功者家族は、その後都会であるサンパウロ市に移り住み、子弟に大学教育を授け、幾多の知識人や専門家達を育て上げていた。
サンパウロ州日系人の集まりに誘われて。

写真 筆者撮影
サンパウロ郊外の日系人の自宅に招かれて、いろいろ親切にしていただいた。これらのブラジルで成功を収めた日本人と、その次世代の余裕と絆の確かさを感じさせる。こういった大都会を離れた自然環境の中で、バーベキューをしながら若い独身者の集団見合いなどが行われていた。ブラジル新来の小生も、日本の最新事情を語るエンターテイナーとして、希少価値でもあり、歓迎されたわけである。

カメラのセルフタイマーをセットする青年と、被写体の位置に走る少女.
写真 筆者撮影
大都会サンパウロ市から100キロ以上内陸に入ると、サンパウロ州内には、この写真のような小さな地方都市が沢山ある。サンパウロ州奥地にも日系人がまとまって住んでいる町が点在している。週末には、都会に住んでいる人達と田舎の人達の交流で、シュラスコパーティなどが行われる。

撮影完了。さっきの二人ともバッチリ左端に入っています。
写真 筆者撮影
ブラジルの国民食
フェジョアーダ

主な材料は、いんげん豆(黒豆あるいは赤豆)に塩づけにした豚肉、豚足、豚の耳・鼻、尻尾、内臓など。
プランテーション時代、領主が食べ残した豚肉の足、耳、鼻、尻尾などを、土鍋でぐつぐつ、煮込み料理。
地域的には、先に植民が進んだ東北部からブラジル全土に広まった。
大農園の領主が自家用から除いた豚肉の部位を奴隷用としていたが、奴隷が料理して造った煮込みが、あまりにも美味であることに気がつき、この独特な料理がブラジル全土に広まり国民食になったといわれている。
とてもおいしいが、かなり脂っこく食後は眠けを誘うので、仕事日のランチにこれを食べると、午後半日は仕事にならない。なので主に週末土曜日のに供される。
シュラスコ

ガウーショ(ブラジルのカーボーイ)が草原にレンガを敷き炭焼きにした牛肉などの肉のバーベキュー。
1960年代のブラジルでは、肉は米より安いと云われていたものである。
大消費都市サンパウロまでの米の輸送距離は、産地である南部の州から1000キロ以上あるのに対して、肉の場合は200-300キロ程度の輸送距離なので、コスト的には肉が優位になる。したがって肉類や乳製品が主食の位置を占め、ごはんは野菜と同じようにおかずの様に供される。
キベ

粗引き牛肉を粗引き小麦で包み油で揚げたコロッケ。中近東由来の食べもの。ブラジルにはシリア、レバノンからの移民も多い。彼らが店を開き、ブラジルにひろめたといわれている
ブラジルの国民飲料
カッシャーサ、ピンガ

蒸留酒。サトウキビの絞り汁を発酵、蒸留させてアルコール度数39パーセント。バチーダはカッシャーサに砂糖やライム、氷を加えて造られたブラジル独特のカクテル。
ガラナ

アマゾン原産のつる科植物のガラナの種を原料にしてつくられた飲料水である。 このインディオ、ガラニ族由来のガラナの実には、カフェインやタンニンが含まれ、疲労回復と強精に効果があるとされる。
このブラジル起源の飲料水は、どの街角バルにも、冷えたものが置かれている。 ブラジルでは、アメリカのコーラやペプシに相当し、国民飲料として圧倒的な地位を占めている。
色は薄い琥珀色で、ノンアルコールシャンペーンと言った感じであろうか︖
ブラジルはワイルドです。
奇妙なフルーツ ジャブチカーバ JABUTICABA

1965 年撮影
この木の下に、4人がベッドシーツの4隅を持ち、木に上った男女が木の幹をさすり、幹から直接なっているジャブチカーバの果実を下に落とし、収穫完了となる。いかにもブラジルらしい原始的な果物である。味はぶどうのそれに近い。

サンパウロから300キロの奥地の日系の農場にて。
ここまで来ると、地は広く天も高い。植物も良く繁茂して、あらゆる生き物の天地である。日中の食事は広々とした野外の木製のテーブルを囲んですることになった。お皿に盛られたブラジル料理である。食べかけて、テーブルをはずして戻ってきたときには、食べ物が真っ黒になっていた。ナントそれはハエの集合体に覆われていたのだ。ここでは、牛、馬、羊、豚などが放し飼いになっていて、いたるところから、ハエが湧くように繁茂するわけだ。


ブラジルは銃社会。

アメリカ製のレミントンを購入
ある日サンパウロ市内の友人の住むマンションの管理人と雑談をしていたとき、カウンターの引き出しに彼が拳銃をしまっているのを目撃した。彼の説明によると、何かあったときにはこの銃を出して、自己防衛をするためであると言う。
彼から、銃が買えるということを聞いたので、サンパウロの目抜き通りにあるデパートに行ってみた。最上階にかなりの面積を占める銃類の立派な売り場があった。いろいろな種類の銃が陳列されている。店員さんに護身のためではなく、スポーツ用にほしいと頼んだところ、アメリカ製のレミントンをすすめてくれた。購入する前に試し撃ちができるとのことだった。ためし撃ちコーナーはなんと同じフロアーの、隣接したレンガで囲まれた1画にあり、そこで実弾を込めて試し撃ちをし、気に入った銃がきまれば、警察への登録を代行してもらい購入となった。その後実弾を購入し、同じく警察に届けを行った。店員さんによると、民間人はマシンガン(機関銃)以外は、あらゆる銃を購入できるとのことであった。
これで晴れてブラジルでの銃の公式銃所有者となった。
サンパウロでの仕事でのストレスがたまると、郊外の無人の原野に週末に愛車フォルクスワーゲンで遠出をして射撃を生き抜きに行っていた。
途中の田舎の道端で、銃を持った地元の人とすれ違う場合、銃口を下に向けることが、トラブルを避けるためのブラジルのエチケットであるということも教わった。
裸馬は御しがたく、落馬の危険。

日本のある著名な著述家の息子とサンパウロで知り合いになり、サンパウロ州内陸田舎の日系農場を訪れることにした。その農場に到着し、案内された畜舎には、2頭の馬がつながれていた。二人で軽く馬乗りでもしようということになった。一頭は手綱があるが、もう一頭は手綱なしの裸馬であった。僕にとっては初めての乗馬である。二人で並走するうちに、2頭の馬が競走状態になり、裸馬を選んだ友人の馬は手綱なしなので、制御不能となった。彼はは落馬し、地面に腰から強烈にたたきつけられた。幸いふかふかに耕された畑の中であったのと、若くもあったので骨折など怪我もなく無事であった。この友人はその後日本帰り、一時期テレビに出演したりしていたが、最近はどうしているのであろうか。
余談。。。
サンパウロ州の奥地の人から聞いた話であるが、ブラジル内陸部の荒野にポツンとある給油所の現金輸送車が、銀行に現金を運ぶ途中に、武装グループに襲われる例がかなりあるとのことであった。
またサンパウロ市の市中のナイトクラブなどで、よくあるイザコザの後、銃の発砲がある。筆者も近くで銃声を聞いたことがあった。その後また、あるレストランの隣のテーブルのグループとの会話上のトラブルから、隣の客がピストルを構え、あわや事件寸前ということもあった。