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スマトラ紀行 #2/9
2016年
メダンの建築
インドネシアの北スマトラ州の首都メダン市
北スマトラ州の首都。人口250万程のインドネシア第4位の都市。16世紀ごろのマレー人の寒村が出発点で、その後オランダの植民地で農園が開発され、プランテーション作物の集積地となり、19世紀中ごろからジャワ島や中国から大量の移民を受け入れ、人口が急速に増えた新興都市といえる。

2006年筆者撮影
インドネシアの北スマトラ州の首都メダン市。独立以後、急速に人口が増えつつある。
1970年 60万人。
2010年 220万人、(広域都市圏 450万人)
人種構成は、多民族の程よいバランスで成り立っている。
バタック人 3分の1、ジャワ人30%、中華系15% その他。
町で使われている言語なかで特異なのは、中国の方言である福建語である。
インドネシアの公用語はマレー語起源のインドネシア語であるが、ここメダンの中華系ビジネスマンは、彼らの祖先が移民とともにもたらした福建語でやり取りをしている。
メダンの中心部、下町に永くに渡り存在する食事処。

写真 2016年 筆者撮影
夜間に気軽に訪れる人か多い。

写真 2016年 筆者撮影
東南アジアに於いても、この写真の様な風景は見かけなくなりつつある。
メダンの都市と建築遺産
人口急増のため、高密度で占拠された中心市街地の一部。

写真上。2006年筆者撮影
筆者事務所作成の基本設計を基に、立ち上がりつつある商業及びタワマンのプロジェクトを遠くに望む。これから商業施設の内装のデザインに取り掛かる。

2016年筆者撮影
メダンのコロニアル建築・プラナカン建築
オランダ植民地時代、政庁、郵便局など沢山のコロニアル建築が出現したが、その遺産の保存が計画的になされることなく、今日に至っている。

メダンの古地図に重ねられた歴史的に重要な建物のリスト
| 1. Tjong A Fie Mansion チョン ア フィ マンション | 6. Medan City Office メダン市役所 |
| 2. TIP TOP Restaurant TIPTOPレストラン | 7. Singapore Consulate シンガポール総領事館 |
| 3. Medan Rail Station メダン駅 | 8. Japan Consulate 日本総領事館 |
| 4. Plaza in front of Station 駅前広場 | 9. Shopping mall and Condo ショッピングモールとコンドミニアム |
| 5. Gedung Lonsum ロンサムビル | (Designed by Author’s Singapore studio) 著者のシンガポールのスタジオがデザイン |

写真 2016年 筆者撮影
5. ロンサムビル Gedung Lonsum
ケサワン広場 (Kesawan Square)

写真 2016年 筆者撮影

写真 2016年 筆者撮影
現観光案内所

写真 2016年 筆者撮影

写真 2016年 筆者撮影
Tirtanadi Water Tower near Jalan Selat Panjang, 1908
オランダの植民地時代に造られた給水塔。
今日までメダンのシンボルとして存在し給水も現役である。

写真 2016年 筆者撮影


写真 2015年 筆者撮影
ケサワン通り Kesawan Street


1929年の TIPTOP の前身JANNGKIE レストラン

TIP TOP Restaurant
TIPTOPレストラン。今日まで続く老舗のカフェ。

第二次世界大戦で日本軍が撤退した後、オランダ軍と連合軍兵士が戻って来て、TIPTOPレストランの前面道路を行進している貴重な写真。

Tjong A Fie Mansion
明治時代中期に中国から移民し、プランテーション、金融などで財を成した富豪の大邸宅。街の中心にある。1900年に完成。部屋数は全部で40室。
メダンのランドマークの一つ。 8000m2
Tjiong A Fie (張阿輝 ) はオランダ植民地政府から公認され、中華系移民社会を束ねていた。Tjiong A Fie は Cheong Fatt Tze mansion をペナンで建てたCheong Fatt Tzeと親戚であると言われている。
メダンの繁華街Kesawan Streetに面して立派な門構えがあり、そこを入ると邸宅。

写真 2016年 筆者撮影
門構えから邸宅入口までは10mほどのオープンスペースを通る。

写真 2016年 筆者撮影
入口・レセプション。

写真 2016年 筆者撮影
8000m2 35室 客家マーチャント

写真 2016年 筆者撮影

写真 2016年 筆者撮影
邸宅の案内人としてバタック族の女性が内部を案内してくれています。

写真 2016年 筆者撮影
メインロビーラウンジ
部屋の仕切りの造作がしっかり造られて、当時の富裕層の好みが伺える。

写真 2015年 筆者撮影
この館のオーナー夫妻の略歴。

写真 2016年 筆者撮影