バリ島散策 #1/10 観光 (1978 年)

バリ島散策  #1/10
観光
1978 年

1978年、初めてのバリ島

ジャカルタ経由ではじめてバリ島の土を踏んだのは1978年1月であった。

マレーシア、クアラルンプールのホテルデベロッパーの招待を受け、リゾートホテルのリサーチを目的とした数日間の旅行だった。

そのころの東南アジアは、バンコクにドゥシットタニ、シンガポールにシャングリラやマンダリン、ジャカルタにはボロドゥブールなどの各都市を代表する5星ホテルが、次々にオープンしだしたころで、アジア太平洋地域の観光ブームの黎明期であった。

当時のバリ空港はまだ小さく素っ気ない田舎然としたターミナルビルで、もちろんエアーブリッジなどもない。近年の世界中からこの島に魅せられてこの空港に到着といった以前の時代で、華やかさに欠けた空港だった。空港から当時の最先端のリゾートホテルのはしりであった10キロ程のサヌールビーチまでポンコツ・タクシーで向かうことになった。

1978年当時のバリ空港 

国際空港になる以前の寂しい空港だった。

1978年 筆者撮影

途中には原始的な塩田の風景が。。。広がっている

1978年 筆者撮影

そして30分ほど塩田のガタガタ道を抜けて。。。

1978年 筆者撮影

バリ・ハイアットホテル

ようやく着いたのがバリ島東部のサヌール地区の海岸に面したバリ・ハイアットであった。当時最初にバリ島でオープンしたばかりの5星ホテルである。そしてそこには別世界があった。

ホテルのアプローチ空間

リゾートの入り口は、近くの山から掘り出したサンゴの堆積岩を積み上げた造りで、奥まったレセプション棟まで100m程ある。こういった長いアプローチを設けることにより、日常的な外界と特別に造られたリゾート地との結界を作り出すことに成功している。

バリ・ハイアットホテル入り口

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

ホテルの奥に広がるサヌールビーチとの間には公道が通っていないので、ホテルの敷地と海岸は直接つながり、ビーチとホテルの外庭がシームレス観を作り出すのに成功している。こういったリゾートの設計手法は、スハルト政権により80年台以降、バリ島観光の切り札として大規模開発されたヌサドゥア地区に、繰り返し見ることが出来る。

1978年 筆者撮影

レセプションとロビーラウンジ

バリ・ハイアットホテルレセプション。建物に使われているほぼすべての建材は、木質系、竹材、茅材、そして現地の石材、レンガ材などが使用されていた。
質素ではあるが、バリ島独自の地産、地消が貫かれていて、それがここだけのリゾート感を引き立てていた。

1978年 筆者撮影

バリ・ハイアットホテルのオープンロビーラウンジ

1978年 筆者撮影

聖なる山アグン山

ホテル専用の白砂ビーチから、バリの人々から聖なる山と崇められているアグン山を望む。絶好の立地、スポット。

1978年 筆者撮影

ビーチのランドスケープ

東側に開けたホテル専用の静かな白砂ビーチ 

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

ミニゴルフ。

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

客室棟

白砂のビーチに面した低層の客室ブロック。バリ島での全地域の建物の高さ規制は15m。建物が椰子の木の高さを超えることがない様に設定された。

1978年 筆者撮影

戦後賠償で建てられたバリ・ビーチ・ホテル

その後賠償で建てられたのが、バリ島で最初の5つ星ホテル『バリ・ビーチ・ホテル』、現在の『インナ・グランド・バリ・ビーチ』です。観光開発が進み、現在では星の数ほどホテルがあるバリ島では古いホテルに分類されますが、今でもサヌールのビーチ・サイドで、歴史の証人として静かに存在しています。

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

客室

1978年 筆者撮影

1978年 筆者撮影

今回の初めてのバリ島への旅は、L氏のファミリーが所有する風光明媚な土地を観光開発するための足がかりを得るための検分旅行であった。この旅のおかげで、仕事人生の初期段階でリゾート開発のエッセンスと手法を学ぶことが出来、とても感謝している。

東屋の野外バーで憩う同行者一行。

1978年 筆者撮影

屋内コーヒーショップでホテル従業員と 1978年 

1978年 筆者撮影

日本の戦後賠償で建てられたバリ・ビーチ・ホテル

サヌールのビーチ・サイドにあるバリ島で最初の5つ星ホテルは、バリ・ビーチ・ホテル(現インナ・グランド・バリ・ビーチ)だ。戦後日本の賠償で建てられたと聞き、筆者も訪れてみた。ほぼ10階建てのどこにでもある様な建物で、入口とロビーラウンジは閉鎖的で薄暗く、熱帯の気候と風土には全くマッチしない残念な代物であった。

このホテルのネガティブな評判と悪評価が発端となり、厳しい建物の高さ制限が条令で行われるようになった。その結果、バリの景観は、他のリゾート地と比べて独特なものとなっている。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *