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アテネ・ギリシャ
2014年10月
#2/4
ホテルからアクロポリスの丘への登り歩行ルート。
約850mですが、周辺を観察しながら進むと、1時間以上はかかります。

ホテルを出て、アクロポリスの丘を目指して、プラカ地区の静かな住宅街を、南方向に歩きます。

写真 筆者撮影 2014年10月
途中にアーティストの作品、野外展示されています。

写真 筆者撮影 2014年10月
このあたりから階段が始まり、上へ上へと登ってゆきます。
対面にアクロポリスの岩石壁がせまっています。

写真 筆者撮影 2014年10月
しばらく登り、振り返ると建物の隙間から市街地が、はるか下に見おろせるようになります。

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスのの壁が切り立っているところを、通り抜けさらに上に登ります。

写真 筆者撮影 2014年10月
途中の建物のバルコニーのデザインには、造形のエネルギーが注がれている。

写真 筆者撮影 2014年10月
メタモルフォシス(ソティロス)教会
アクロポリスの北側の斜面で見つけたビザンツ時代の教会、メタモルフォシス(キリストの変容)教会の写真。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスへの徒歩での様々なアプローチを示した現地案内板。
これを見ながら登ると、迷うことはありません。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
リカヴィトスの丘が

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスの北側のアテネ市街地。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスの北西側の崖下に、この様な水場がありました。
あと100mほどでアクロポリスの西端入り口に到着します。

写真 筆者撮影 2014年10月
坂道を登りきり、アクロポリスの丘の西端に到着。
プロピュライア門前階段 →アグリッパの台座 →アテナ・ニケ神殿→プロピュライア →アテナ神殿 エレクティオン →パルテノン神殿
上の順序で足をすすめます。

アクロポリスの丘 筆者スケッチ
アクロポリスの南西端です。
右上にプロピュライア門とアテナ・ニケ神殿が、視界に入って来ました。

写真 筆者撮影 2014年10月
ローマ時代に建てられた入口の門。
ブーレの門

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライア門前階段 Propylaia
アクロポリスの丘の西端にあり、ここからが唯一のアプローチになります。

写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライアの一部で復元工事が進行中。

写真 筆者撮影 2014年10月
この付近は登り口が狭くなっており、前門の大理石柱が並んでいる見所なので、観光客で込み合うので、上り下りが各々一方通行になっている。
アグリッパの記念碑 (左) と絵画館 (右)

写真 筆者撮 2014年10月
アグリッパの台座 Monument of Agrippa
アクロポリスの丘への登り口、プロピュライア(前門)の横にアグリッパの台座が立っている。台座は大理石を積んだ8.9mの高さがある。
建設当時は台座の上に馬に引かせた戦車に乗ったアグリッパの像があったことが、説明パネルに書かれていた。現在は像なしで、台座は建設当時そのままで残されている。アグリッパとはローマ皇帝のの将軍です。
アグリッパは他にも、アテネの古代アゴラにオデイオンを建造している。(後述)

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
アテナ・ニケ神殿 Athena Nike
アテナ・ニケ神殿は、アテナを祭った神殿である。
二ケは「勝利」を意味し、知恵の神として祭っていた。
アクロポリス上の最初期のイオニア式神殿である。
アクロポリスの入口プロピュライアの右にあり、ここで市民は長く続いたスパルタとのペロポネソス戦争の勝利を祈って女神を祭った。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライア Propylaia
プロピュライアとは、復元図(下)の長い石段を登りきった正面に位置している門の役目をする建物である。なを、ベルリンのブランデンブルグ門は、プロピュライア門を模して作られている。
右側の小ぶりな建物はアテナ・ニケ神殿で、奥の大きな建物がパルテノン神殿である。

Image source: Wilhelm Wägner and Fritz Baumgarten, Hellas, Land und Volk der Alten Griechen. Verlag von Otto Spamer, Leipzig, 1902.
Illustration by Friedrich von Thiersch (1852-1921).
アクロポリスは、防御施設としての構造になっていないが、アクロポリスに入る人々はプロピュライアで識別制御された。
儀式上清浄ではない人々が聖域に近付くことをここで拒否出来た。
逃亡奴隷やその他の異端者は、聖域に入ることを認められなかった。

写真 筆者撮影 2014年10月

左端の日陰に立っている女性は。ギリシャ文化省のお役人さんです。特段の保安チェックは行なっていません。
写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライア上部の様子。

写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライアの一部。

写真 筆者撮影 2014年10月
プロピュライアの一部。

写真 筆者撮影 2014年10月
アテナ神殿 エレクティオン
エレクティオンは、紀元前5世紀末に完成。
柱頭に渦巻き装飾が施された優雅なイオニア式建築の代表作。
かつては彩色されており、アテナの女神像が安置されていました。

神話上では、女神アテナと海神ポセイドンがアテネの守護神の座をかけて争った場所とされています。
6人の少女像
エレクティオンの南西コーナーに、張り出した柱廊があります。
6人の少女像が、柱廊を囲んでいます。
この全ての少女彫像はすべてレプリカで、本物の5体は、1979年以降、麓の新アクロポリス博物館に保管、展示されている。
のこりの1体は、ロンドンの大英博物館に持ち去られ、そこにあるとのことである。

写真 筆者撮影 2014年10月
彫像の大理石は、エーゲ海のパロス島で産出される半透明の白大理石であるとのことだ。
本物の少女彫像5体は麓の新アクロポリス博物館にあり、建物の一部になっているので大きさの実感がわきにくいのですが、博物館に行くと本物のリアルな大きさに圧倒されます。
写真左端の6体の少女彫像。こちらにあるのは複製品とのこと。

写真 筆者撮影 2014年10月
エレクティオン

写真 筆者撮影 2014年10月
エレクティオン 西側より撮影。

写真 筆者撮影 2014年10月
この中に、アテナの女神像が安置されていました。
アクロポリスの丘の中で最も神聖な場所とされている。

写真 筆者撮影 2014年10月
エレクティオン。北側より撮影。

写真 筆者撮影 2014年10月
パルテノン神殿 Parthenon
パルテノンとは「処女宮」を意味し、処女神アテナに捧げられた神殿です。
現在残る神殿はペルシャ戦争後に建設されたもので、縦69m、横31m、柱の高さ10m。古典時代のギリシア建築の傑作のひとつとして、世界文化遺産に登録されています。
外側に並ぶのは46本の柱で、下部の直径が2m近くもあります。
柱頭はドーリア式である。

写真 筆者撮影 2014年10月
エンタシス
エンタシス(entasis)とは、独立円柱の形態において、円柱の下部もしくは中間部から、上部にかけて徐々に細くした形状のことである。円柱を下から見上げると、エンタシスを施された円柱は、真っ直ぐな円柱よりも安定して見える。
エンタシスは、日本語にすると、「胴張り」であり、法隆寺金堂の木造柱にもエンタシス胴張りが見られる。
それにしても、エンタシスという美的効果を発見した、古代ギリシャ人の美的感覚には驚かずにはいられない。

写真 筆者撮影 2014年10月
パルテノン神殿も一部で小規模の復元工事が進行中です。
修復は、ユネスコの厳しい基準を満たすため、原形を忠実に再現することになっているので、ジグソーパズルの如く部材を組み合わせなければならない。気の遠くなるような仕事である

写真 筆者撮影 2014年10月
学生時代に法隆寺のエンタシスを見て、その印象はいまでも残っている。
今回のギリシャ旅行の目的の一つは、パルテノン神殿もエンタシスを自分の目で見ることであった。古代ギリシャ人の発注者や建築家が、如何に美的なセンスを持っていたかが、良く解った。

写真 筆者撮影 2014年10月
パルテノン神殿はペルシャ戦争に勝利後、アテネ黄金期を築いた古代アテナイの政治家ペリクレス(紀元前495-429)が計画し、指揮したとされています。
デロス同盟により周辺のポリスからアテネに集められた貢租をつぎ込んで造られた。

写真 筆者撮影 2014年10月
イオニア式の柱頭。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
パルテノン神殿はビザンティン時代に教会として利用された。
オスマントルコ時代には軍隊が利用し、モスクとしても使用された。
ヴェネツィア軍との戦闘の際、パルテノン神殿は火薬の貯蔵庫とされていたため、ヴェネツィア海軍の大砲攻撃を受けて大爆発を起こし破壊された。
現在、パルテノン神殿は紀元前5世紀の姿に戻すための修復工事が続けられています。

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスの丘、西端の平地に野ざらしで建物の部分が置かれていました。一個一個がとても貴重な文化財です。イオニア式の柱頭も置かれていました。

写真 筆者撮影 2014年10月

アクロポリス北東の角から北方向のアテネ市街を眺望する。

写真 筆者撮影 2014年10月
写真 筆者撮影 2014年10月