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デルフィ・ギリシャ
2014年10月
#2/2
古代ギリシャの聖地、神託のデルフィ。現代でも変わらぬこの独特な地形。
どのアングルから見ても、地形が神聖さを放出し、心に沁みてくる。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
古代ギリシャ人が、ここデルフィを神託の地として選んだことが良く分かった。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
デルフィ考古学博物館 Delphi Archaeological Museum
デルフィの初代考古学博物館はギリシャ人銀行家にして篤志家アンドレアス・シングロスの寄付を受け、フランス人建築家Albert Tournaireの設計により1903年に建てられたもので、当初フランス人考古学者らの発掘により発見された神殿の発掘物を展示するためのわずか二つの翼部をもつ簡素な建物として建築された。
建物は1935-1936年の間に一部増築されたのち、1958年にはギリシャ人建築家パトロクロス・カランディノスの設計により本格的な修復・拡張工事が開始され、その後幾度にも及ぶ修復ののち、ギリシャ人建築家アレクサンドロス・トバジスの指揮による壮麗な現在の博物館が建てられ、今日に至っている。

写真 筆者撮影 2014年10月
デルフィの聖域から出土した遺物を中心に所蔵。
紀元前8世紀からデルフィが終焉を迎えるローマ時代までの彫刻、彫像、寄進された品々などが豊富に揃い、この地域の宗教、政治、美術の歴史などを知ることができる。
館内の必見は、 アルゴスの兄弟 、「青銅の御者の像」 ナクソスのスフィンクス や、世界の中心と考えられていた「へその石」など。

写真 筆者撮影 2014年10月
古代ギリシャの信仰の中心、デルフォイに捧げられた様々な芸術作品。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
床の精緻なモザイク作品。この仕事の精巧さのみならず、芸術的なセンスには、驚きを禁じえない。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
デルフィ考古学博物館は、世界遺産デルフィの考古遺跡で発掘された出土品が展示されている。 2270㎡以上の広大な敷地を誇り、14の展示室には年代順に出土品が展示されている。
考古学博物館への導入部は、スッキリとした現代建築である。
モダンなカフェテリアも付随していて、ゆったりと見学ができる。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者ガイドさん撮影 2014年10月
アポロン神殿の破風の彫刻
紀元前6世紀を絶頂とし、ペルシャ戦争後更にアレキサンダー大王の庇護もあり、当時の地中海ギリシャ世界(黒海からイベリア半島のギリシャ殖民都市まで)からここに馳せ参じ、祈り、祭り、諸都市の市民達が泊り込みで神託を授かり、交歓し、競技をし、ギリシャ民族の歴史において最高の夢のような時代だったであろう。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
アルゴスの兄弟
アルゴスの兄弟クレオビスとビトンの像。 この像はアルゴスのポリメデス作。

ルゴス人がデルフィに奉納した。
写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
他にも沢山の彫像が発掘され陳列されている。

写真 筆者撮影 2014年10月
青銅の御者
デルフィ考古学博物館の展示物の中で最も有名な「青銅の御者像」。
シシリア島ゲラ市の僭主ポリザロスの奉納物。デルフィの神殿跡からの発掘品。
紀元前 478年ピュティア祭の4頭立ての戦車レース優勝を記念して奉納された御者の像。

写真 筆者撮影 2014年10月
ナクソスのスフィンクス
紀元前570~560年頃ナクソスから奉納されたスフィンクス像。
12.1m高の柱のイオニア式柱頭の上に置かれていた。
スフィンクス自身の高さは2.32m。
スフィンクスの顔は女性、胴と足はライオン、そして鳥の翼を持っている。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
建物の破風
発掘品をパズルのように組み合わせ、当時の様子を現代に蘇らせている。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
「大地のへそ」のシンボル、オンファロス
アポロン神殿奥で、アポロン神の像のそばに置かれていたそうです。

写真 筆者撮影 2014年10月
宝物庫
古代ギリシャのデルフィは、古代ギリシャでは世界の中心であると考えられていた。 神託を授かるために訪れた王達などから、たくさんの貢物が納められ、 計25もの宝物庫がアポロン神殿に至る参道沿いに築かれてた。
宝物庫には、ギリシャの有力な国だけではなく、遠くは現イタリアのエトルリア人の国のものもあり、これらの宝物庫に納められていた宝物は、デルフィを支配しようと争われた数々の戦争でほとんどが失われた.
デルフィの廃墟の真上には中世ごろから人が住みだし、大地震で破壊されて村人がこの場所を放棄することになった後、埋められていたデルフィの発掘が始まった。
1893年にフランスの考古学者のチームが、アポロン神殿をはじめとしたデルフィ遺跡を発掘し、そこから発見された古代ギリシャの芸術品が、デルフィ考古学博物館に展示されている。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
ヨーロッパ・ライオン
下のライオン像をみると、古代ヨーロッパにはライオンが生息していたことが推測される。さらに調べて見ると、過ってライオンは ヨーロッパ 南部のほぼ全域に生息していたとある。その後生息域は、ギリシア北部の地域に生存が狭められ、西暦100年ごろまでには、絶滅したと考えられている。

写真 筆者撮影 2014年10月
ヨーロッパライオンは古代ローマのコロッセアムで、闘獣士や他の猛獣と闘わされた。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
発掘された青銅の作品の数々。

写真 筆者撮影 2014年10月
デルフィ考古学博物館 の見学にたっぷり時間をかけることが出来た。
外に出ると日が傾きかけていた。
これからホテルに戻り、散策中に目をつけておいたギリシャレストランに向かう。

写真 筆者撮影 2014年10月
To Patriko Mas
このレストランは、町はずれの崖の上の角地にある。ゆったりとした野外席があり、デルフィの神秘的な空気が漂う絶景なロケーションだ。
ネットでこのレストランの由来を調べてみると、1860年創立で、現在は五代目オーナーが経営している。以下に英文。
At 1860, on a point where East meets West, great grandfather Dimitris started building this house with his own hands, stone by stone, along with the first houses of this village. His son inherited it and he passed it to his son…Nowadays, the fifth generation of owners, we decided to open the door of our family home (‘to patriko mas’) and share with you our home made dishes on a genuine family restaurant that will leave you the sweetest of memories!

写真 筆者撮影 2014年10月
以下に注文したギリシャの家庭料理の写真を披露いたします。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
バスの停留所
アテネ行きの路線バスのチケットの確保のため、地元の人に教えられて、バスの停留所に向かいます。場所を間違えないよう一応カメラに記録しておきます。

写真 筆者ガイド撮影 2014年10月
一日に何本も出ていないので、乗り遅れてはなりません。

写真 筆者ガイド撮影 2014年10月
写真 筆者撮影 2014年10月