スリランカ周遊紀 2014年2月 #4/6

スリランカ周遊紀
2014年2月
#4/6

ヤーラ国立公園のホテルからセイロン島中央山脈の中にある紅茶の町ヌワラ・エリヤへ向かいます。

通常の旅行者は、鉄道かバスで、コロンボ→キャンディー→ヌワラ・エリヤ→エッラのコースを取るのが普通ですが、我々は逆周りで、ヤーラ国立公園→エッラ→ヌワラ・エリヤ→キャンディー→コロンボのコースを現地旅行代理店の運転手ガイド付きの車で廻っています。移動時間を節約するためです。

ヤーラ国立公園のホテルをチェックアウトし、進路を北にとりしばらく湿原地帯を進みます。

2014年2月 筆者撮影

広々とした水郷で、人家を見ることがありません。

2014年2月 筆者撮影

パンやお菓子を売っている人がいました。立派な樹木が日陰を作っています。

2014年2月 筆者撮影

自転車で、ココナツを売る人。

2014年2月 筆者撮影

灌漑用の施設。

2014年2月 筆者撮影

水路の灌漑装置が稼動しています。
農業用水の豊かな地区であることがわかります。
このあたりから山地の麓に至り、坂道が始まります。

2014年2月 筆者撮影

ラヴァナ・フォールズ Ravana Falls

スリランカ中央高原に向かう幹線道路の坂道をひたすら車で登って行く。途中で休憩ポイントがあり、そこにラヴァナ・フォールズがあり、海抜1000mの清々しい森林と滝のリフレッシュポイントになっている。

2014年2月 筆者撮影

ラヴァナ・フォールズで休憩し、さらに登ると、奥深い山地が現れ、だんだん涼しくなってきた。この先にある後述のエッラ(Ella)という山岳地帯に囲まれた高原の町に向かう。

2014年2月 筆者撮影

エッラ Ella

スリランカの中央高地の山間にあるとても小さな町「エッラ(Ella)」に向かいひたすら山岳地帯を登ってゆく。

エッラは、コロンボ方面から200kmほど離れた山岳地帯にある町で、欧米人の旅人が目指すスリランカの奥まった観光地です。山々が見える絶景、紅茶の畑に囲まれた標高1,000mの冷涼な気候、近年になってどんどんと知名度が上がっているようです。

ちなみに、エッラとはシンハラ語で滝という意味で、町の郊外には有名な滝がいくつもあり、景色が素晴らしいトレイルや洞窟など、豊かな自然を満喫するには理想的な地形だ。

2014年2月 筆者撮影

エッラ(Ella)周辺は連続した高山のため、鉄道はこの様な山肌に沿って走り、谷をわたるための陸橋がいくつかあります。

2014年2月 筆者撮影

EKHO Ella

この開放的な場所は、九十九折の山道の途中にあり、休憩所と宿泊所を兼ねたスリランカ版、道の駅のようなところです。食事をしたり紅茶を飲みながら、山岳地の圧巻の絶景に浸ることが出来る施設です。

芝生に覆われた広々としたテラスで、フランス人の老夫妻が隣りのテーブルにいたので声をかけてみた。スリランカ旅行には満足しているようだった。

2014年2月 筆者撮影

展望テラス。欧米人のリタイアー後の人達が多くいた。

2014年2月 筆者撮影

EKHO Ellaの展望台から見た南向きの風景。空に雲がなければ、かなた地平インド洋が見えるとのことであった。

2014年2月 筆者撮影

2014年2月 筆者撮影

EKHO Ellaから見た山岳の風景。

2014年2月 筆者撮影

エッラ駅 Ella Railway Station

EKHO Ellaがら更に道を登ると、高原の小さな町の小さな駅に着き、鄙びた駅前の鄙びた駅舎に興味をそそられた。高原の駅である。筆者が学生時代に、小諸駅から小淵沢駅まで乗った海抜1000mを走る小海線の高原駅のことを思い出した。両方とも非電化路線である。

2014年2月 筆者撮影

この駅のプラットホームから鉄路を見ると、軌間は広軌になっていた。日本の鉄道は明治になってイギリスの技術を踏襲して作られた際、英国人技師のアドバイスにより狭軌が採用されたが、それより前に敷設されたスリランカの場合は、広軌が採用されていたわけである。インド大陸の鉄道は、主要部は広軌1676mmであったので、機関車の共用もあってか、同じ軌間である広軌に決定されたのであろう。

2014年2月 筆者撮影

鄙びて静寂な駅の乗り場と、そこに配線された堂々の広軌の鉄路。
そのコントラストに見ごたえがある!

2014年2月 筆者撮影

昔ながらの19世紀風な切符売り場。

2014年2月 筆者撮影

この駅を通る列車の本数はとても少ない。掲示板には、コロンボ方面に1日4本、反対側の終着駅バドゥラ方面に同じく1日4本

2014年2月 筆者撮影

駅舎の隅に植栽に囲まれて駅長室がありました。見学します。

2014年2月 筆者撮影

大きな秤と手動ベル、昭和風の受話器、そして今は見ることがなくなった列車交換 タブレット!が壁に懸かっていました。筆者が見た日本の昭和20-30年代の世界がここにありました。

2014年2月 筆者撮影

Bogoda Wooden Bridge 

完成後400年の歴史がある木造の橋。スリランカ最古の橋と言われている。

2014年2月 筆者撮影

ナインアーチブリッジ Nine Arches Bridge

スリランカ鉄道のスポットのひとつ。

2014年2月 筆者撮影

ナインアーチブリッジ(Nine Arch Bridge)は、エッラ駅から5キロ程ジャングルを歩いた先にある。緑豊かな茶畑の渓谷に架かる美しいレンガのアーチ橋を渡るジーゼル列車。立派な鉄道遺産だ。

旅行ガイドブックより

秘境駅エッラの雰囲気を充分に味わったので、エッラの町を後にし、スリランカ高原の本丸であるヌワラ・エリヤに車を進めます。

ヌワラ・エリヤ Nuwara Eliya

ヌワラ・エリヤは、スリランカ中央高地、標高1,868 mの地域に位置している。美しい風景と涼しい気候、そしてその気候を生かした広大な茶畑が連なり、紅茶・セイロンティーの生産地域として知られている。また、スリランカ最高峰の山も望むことができる。

ヌワラ・エリヤは英国入植者達によって、19世紀に切り開かれ、「リトル・イングランド」とも呼ばれている。この地域の冷涼な気候は、当時スリランカを支配していたイギリスの役人や入植者にとって素晴らしいものだったでことであろう

ヌワラエリヤのグランドホテル The Grand Hotel

ヌワラ・エリアの街中をドライブしていると、高級ホテルがある場所に出た。ヌワラ・エリヤのグランドホテルである。

2014年2月 筆者撮影

この建物について、ホテルのフロントスタッフから説明を受けた。かつてはスリランカ総督の邸宅だったという。それにしても豪華な大邸宅を造る財力があったことをうかがい知ることができる。

2014年2月 筆者撮影

この建物は、1800年代後半に建てられた。
イングランドの田園都市にあってもおかしくないチューダー朝の造りである。

2014年2月 筆者撮影

スリランカを代表する紅茶の産地として有名なヌワラエリヤの丘の上に位置し、涼しい気候と良くフィットしていて美しい。大切に手入がなれ、今日に至っている。

2014年2月 筆者撮影

2014年2月 筆者撮影

グランドホテル。チェックイン・レセプション。

2014年2月 筆者撮影

グランドホテル。ラウンジエリア。ここで本場のセイロン・ティーを喫します。

2014年2月 筆者撮影

レストランや客室への通路。

2014年2月 筆者撮影

外へ出てみると、みどり一面の庭園があった。正面の東屋に注目!
中にあるベンチを除いて「全てがグリーン」。このような建築と植物が融合した環境表現を見たのは始めてである。

2014年2月 筆者撮影

幹に沢山のコブをまとった大木。グランドホテルの周辺で発見。

2014年2月 筆者撮影

2014年2月 筆者撮影

ヌワラエリヤの郵便局 post office

1894年建造のヌワラエリヤの郵便局はレトロでシンプルな外観。
一部2階建ての赤レンガで、時計塔が付随している。

2014年2月 筆者撮影

2012年までこの郵便局の2階は、郵便局長の住まいであったそうだ。
その後、観光客の客室に改装が行なわれた。

2014年2月 筆者撮影

2014年2月 筆者撮影

夕暮れになり、郵便局からヌワラエリヤの町を見下ろす。

2014年2月 筆者撮影

写真 筆者撮影 2014年2月

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