クレタ島 ・ギリシャ 2014年10月 #2/2

クレタ島 ・ギリシャ
2014年10月
#2/2

ミノア文明 とは?

ミノア文明は紀元前3000年頃~紀元前1400年頃に栄えたといわれています。いわゆる古代ギリシャ文明より更に古い文明で、エーゲ海先史文明と称され、古代ギリシャのそれとは民族も文化も異なるものです。伝説のミノス王にちなみ名付けられた文明です。

建築、壁画、文学、交易、農業など、当時は世界最高水準の文明であったとされています。今日のヨーロッパ文明を産み出す最も古いルーツと見なされています。

イラクリオンの港に近いバスターミナルで切符を買い、ミノス王の迷宮と言われるクノッソス宮殿を訪ねます。南へ10kmの距離です。

写真 筆者撮影 2014年10月

クノッソス KNOSSOS

ミノス王の迷宮と言われるクノッソス宮殿

紀元前7000年には人が住んでおり、最盛期には人口10万人を超えていたとされるクノッソスに最初の宮殿が建てられたのは紀元前2000年頃。ギリシャ本土の古代ギリシャ文明に先立ちクレタ島で花開いたのが、ミノア文明です。その遺跡を訪れないわけにはいけません。

クノッソス宮殿遺跡 の入り口に着きました。

看板に世界遺産のマークはありません。その理由は後述します。

写真 筆者撮影 2014年10月

ミノア文明は紀元前1400年頃に突然姿を消したといわれている。文明崩壊の原因の1つはギリシャ本土から南下してきたミケーネ人によって滅ぼされたという説、もう1つはエーゲ海のサントリーニ島で火山の巨大爆発が起こりそれによって壊滅したという説です。

写真 筆者撮影 2014年10月

かつてギリシャ神話の中の空想の存在と思われていたクノッソス宮殿(Knossos Palace)は、1900年にイギリス人考古学者アーサー・エヴァンス氏によって発見された。 クレタ島は、エヴァンスがクノッソス遺跡を発掘したことで、ギリシア本土で文明が栄える前に、すでに高い文明を有していたことが判明して有名になった。

エヴァンズが修復に携わる際、当時使用が始まった新建材、コンクリートなどを用いて修復したため、クノッソス宮殿遺跡は、ユネスコの基準を満たさず、結果として世界遺産に登録認定されることはかった。

この初代宮殿は紀元前1700年頃の大地震で破壊され、その後再建された新宮殿も紀元前1380年頃の火災(諸説あり)で滅亡に追い込まれたとされる。

写真 筆者撮影 2014年10月

小規模な発掘が少しづつ行なわれています。

写真 筆者撮影 2014年10月

資材の置き場兼休憩所。

写真 筆者撮影 2014年10月

宮殿の一辺は160m以上あり、部屋は1200個以上、部分的には4階建ての建造物すらもあったとされる。この宮殿の最大の特徴は中央広場で、この広場とそれを囲むようにして重要な施設が配置されている。宮殿の建築跡は、強い王権と高度な官僚機構との存在したことを示している。巨大な倉庫も備えていて、ここに支配領域内の物資を集積して再配分を行い、物流を支配していたと考えられる。宮殿には広い中庭を中心に、その周囲に多くの貯蔵庫や作業所、祭祀を行ったと思われる場所、そして居住区が置かれている。

写真 筆者撮影 2014年10月

中央広場の南側入り口?の想像復元図。赤い列柱と階段のデザインが特徴です。紀元前2000年ごろ、この様な都会的なデザインが出現したことに驚かざるを得ない。

Colour Reproductions by C Iliakis
写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

中央広場の西側建物の想像復元図

本当にこのようだったか分かりませんが、雰囲気は出ていると思います。

Colour Reproductions by C Iliakis
写真 筆者撮影 2014年10月

中庭東翼

中央広場を挟んで東側・東翼部分は王の一族が生活をした場所と考えられている。西翼は3階建てで、東翼は5階となっているところもある。かなり複雑な構成・構造となっているので一見しただけでは、頭に入りづらい。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

北入口

遺跡の北側に北入口があります。北には海があり、港から宮殿に来る場合には、この北入口を使うことになっていたようです。宮殿の中で、この北入口だけが防御を考えた造りになっているそうだ。  

写真 筆者撮影 2014年10月

クノッソス宮殿遺跡のなかで、一番目立つ建物が北入口付近の見張り台
赤い柱と牡牛の壁画が今でも存在感があり、一際目を引きます。
牡牛は権力の象徴でクノッソス宮殿のシンボルである。

写真 筆者撮影 2014年10月

北入り口から宮殿の中央部に通じる 通路スペース。 想像復元図。

Colour Reproductions by C Iliakis
写真 筆者撮影 2014年10月

王の間

王の間です。他の場所では柱は朱色であるが、王の間の柱だけは黒い色のに塗られています。

写真 筆者撮影 2014年10月

玉座の間

クノッソス宮殿における王座の間。身を清めるための聖水を入れたと考えられる水盤が玉座の前に置かれています。壁には空想上の動物グリフィンが描かれています。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

倉庫

中庭に面した場所が倉庫になっていました。大きな壺。この中に金銀銅が貯蔵してあったそうです。

写真 筆者撮影 2014年10月

仕切りの壁の厚さが解るが、上部はなくなっている。過っての建物を想像することは難しい。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

「百合の王子」の壁画

宮殿への南側入り口の近くにある「百合の王子」の壁画です。若者が百合と孔雀の宝石を被っていることから、この名前が付けられています。この壁画はレプリカで、オリジナルはイラクリオン考古学博物館(後述)で保存展示されています。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

女王の大広間

Colour Reproductions after Evans
写真 筆者撮影 2014年10月

Colour Reproductions after Evans
写真 筆者撮影 2014年10月

Colour Reproductions after Evans
写真 筆者撮影 2014年10月

絞りたてのオレンジジュース

炎天下のクノッソス迷宮の見学を終えると、出口に休憩所がありました。

写真 筆者撮影 2014年10

石とレンガだけの遺跡、クノッソス宮殿は、10月でも炎天下であり、見学に数時間を要した。この休憩所の建物は、それとは対照的で、ギリシャとしては珍しい木造建築で、みどりの中庭も備えられていた。この建物を企画した人は、その対称性を売り物とする賢い選択をして、商売を繁盛させている。

写真 筆者撮影 2014年10

写真 筆者撮影 2014年10月

クレタ島の豊富な果物。

写真 筆者撮影 2014年10月

この天然100%の絞りたてのオレンジジュースは、ほぼ全部の旅行客が列をなし注文していました。一時間にわたる日射・炎天のクノッソス宮殿訪問の直後で、まさに絶好の飲み物でした。

写真 筆者ガイドさん撮影 2014年10月

イラクリオン考古学博物館

Heraklion Archaeological Museum)

クレタ島最大の街イラクリオンの街の考古学博物館ではクレタ島の出土品を展示しています。クノッソス宮殿で発掘されたオリジナルは全てここにあります。

新石器時代からローマ時代までの5500年分のコレクションを誇るギリシャを代表する博物館です。 2014年10月訪問

写真 筆者撮影 2014年10月

ミノア文明は東地中海とエーゲ海を支配し、当時世界最高水準の文明であった。

写真 筆者撮影 2014年10月

ギリシャの博物館は、写真撮影が自由に許されている。以下に超古代のクレタ文明の数々の作品をカメラに収めた。

クノッソス宮殿復元模型。イラクリオン考古学博物館に陳列されている。

写真 筆者撮影 2014年10月

牛飛びのアクロバット 

躍動感ある肉体の美を表現。このような造形芸術は、後の古代ギリシャ本土に受け継がれたと想像します。

写真 筆者撮影 2014年10月

蛇の女神

クレタ文明の代表作。

写真 筆者撮影 2014年10月

当時の住宅の模型。

写真 筆者撮影 2014年10月

海の生き物を描いた各種の壺が陳列されていた。タコ、イカ、サカナが壷に表現されています。彼らは海洋民族であったことが良く分かります。紀元前15世紀ころのもの。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

3000-4000年前の人間と動力(馬、牛、車、舟)の関係を表現した金属の作品。

写真 筆者撮影 2014年10月

牛飛びの儀式

写真は牛飛びの儀式(クノッソス宮殿出土)

写真 筆者撮影 2014年10月

「青の婦人たち」

「青の婦人たち」と呼ばれる壁画。背景が青色です。クノッソス宮殿東翼から見つかった。

写真 筆者撮影 2014年10月

2階にはクノッソス宮殿の壁画のオリジナルを中心にクレタ島から出土した美しい壁画が数多く展示されている。

これを一枚ずつ鑑賞するには、十分な時間の余裕が必須である。

写真 筆者撮影 2014年10月

百合の王子 の壁画

クノッソス宮殿にあった「百合の王子」の壁画のオリジナル。

流れるような曲線の筆使い、そして選択された美しい色彩。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

クノッソス宮殿で発掘された実際に使われていた陶器

うわぐすりの色の選択と配合の秀逸さ。

これらを3500年前に造り出した陶芸職人がいたことが信じがたい。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

ギンバイカの金冠

ギリシャに自生し、薬や香料の原料とされていたギンバイカ。
葉と花は美しさと若さの象徴で、そのモチーフは若い女性の墓で発見されることが多い。

紀元前に、この様な金属を加工する技術があった。!!驚きのミノア文明 !!

写真 筆者撮影 2014年10月

次の日は、同じミノア文明圏であったサントリーニ島に移動します。

All photos by author, October 2014

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