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アテネ・ギリシャ
2014年10月
#1/4
以前から訪れたいと思っていたギリシャ旅行が実現した。10日間の旅程で、アテネ→クレタ島→サントリーニ島→アテネ→メテオラ→デルフィ→アテネのコースをたどることにした。ホテルの予約は、すべてオンラインで行なった。
シンガポール→イスタンブール。トルコ航空直行便。フライトタイムは11時間30分。エコノミークラス、満席でした。

イスタンブール
イスタンブールの人口は1,410万人を擁し、ヨーロッパ・アジアの2大陸にまたがる。その永い歴史を誇る大都市である。この都市の主人公や名称は下記のような変遷を経て今日に至っている。
古代ギリシャ人により都市化がなされた。(紀元前660年)ビュザンティオンと呼ばれた。
東ローマ帝国(ビザンティン帝国)の首都、コンスタンティノープル(395年 – 1204年、1261年 – 1453年)
オスマン帝国の首都、コンスタンティノープル(1453年 – 1922年)
トルコ共和国の首都、イスタンブール。1923年以降。トルコ民族の国民国家。
ボスポラス海峡
この海峡の左側がヨーロッパ大陸、右側にアジア大陸があり、3本の橋と、3本の海底トンネルで両大陸が結ばれている。

黒丸=イスタンブール中心地。赤矢印=アタチュルク空港。
アタテュルク国際空港
乗り継ぎラウンジ。
2014年のアタチュルク空港。2015年にははじめてフランクフルト空港を抜き、ヨーロッパで3番目に旅客数の多い空港となった。その空港も増加し続ける旅行者に対応することが困難になり、2019年4月6日を最後に運用が停止し、巨大なイスタンブール新空港に商用便の全てが移管された。
トルコアイスの店。
原料に特徴があるトルコアイスの最大の特徴はアイスの生地が伸びること。
その一風変わった作り方は、長い棒のようなものを使ってアイスを高く持ち上げる。この仕草が一つの見世物としてのパフォーマンスが特長だ。
見た目は日本のアイスクリームと似ているが、違いは粘りがある点だ。羊乳が使われています。

写真 筆者撮影 2014年10月
バリエーション豊かなパンの数々。
文明の交差点は、食の交差点でもあるようだ。

写真 筆者撮影 2014年10月
スモーキングラウンジ
ターミナルビルの屋上に広々とした喫煙所があった。ここは、いろいろな人種のスモーカー達のオアシスである。

写真 筆者撮影 2014年10月
トルコ航空は2時間ほどの遅延の後、イスタンブールの空港に着いた。予定のアテネ行き乗り換え便の飛行機は客を待たずにアテネに出発してしまっていた。
空港の係員とスッタモンダの末、次の3時間後のフライトに潜り込むことが出来た。これで一安心。

写真 筆者撮影 2014年10月
アテネ行きのトルコ航空の機体は、曇り空のイスタンブール空港を出発。

写真 筆者撮影 2014年10月
イスタンブールの西側市街地。雲天下、見渡す限り建物に覆われている。
ここはすでにアジアではなく、ヨーロッパ大陸の一部である。

写真 筆者撮影 2014年10月
イスタンブールを離陸して、しばらくするとギリシャのエーゲ海の上に出た。
天気は良くなり、青い海と空が窓の外に広がってきた。

写真 筆者撮影 2014年10月
真っ青なエーゲ海と乾燥した大地!

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
アテネ行きのトルコ航空の機体は高度を下げ、着陸態勢に入った。
そして高速道路が下に見えてきた。

写真 筆者撮影 2014年10月
アテネ空港に到着
正式にはエレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港という名前である。
これは覚えにくい名称だ。遅れたが無事に午前中にタッチダウン。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
クレタ島行きのフェリーの予約
空港のイミグレと税関を無事通過して、旅行会社のカウンターを見つけた。何はともあれ、ここで後日のクレタ島行きのフェリーの予約をし、切符をゲットするためだ。
ここで、無事発券をしてもらい、その後の時間の節約になった。

写真 筆者撮影 2014年10月
アテネの下町、プラカ地区のホテル
空港からタクシーで、アテネ中心市街地のプラカ地区に入ってきた。
この旧市街地一帯の道幅は、車が一台しか通れないほど狭い。

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
ホテル前のタクシー。
プラカ地区の道路はどこも狭い。

写真 筆者撮影 2014年10月
プラカホテルのレセプション。

写真 筆者撮影 2014年10月
極狭の4人乗りエレベーター。(下)ヨーロッパの主要都市の中心にある古い4・5階建ての集合住宅建築の多くは、階段のみで上下しエレベーターはない。その建物をホテルに改装する際に、床面積の最大活用を試みたために、その帰結として、この様な極小エレベーターの設置になったと思われる。

写真 筆者撮影 2014年10月
荷物を入れると2人しか入れない。毎回乗り残しが生じている。

写真 筆者撮影 2014年10月
ホテルの近隣を散歩する
チェックインを済ませ、荷物を部屋に置き、早速近隣を散歩することにした。プラカホテルから100mほど歩いたところに、この広場があった。まわりは3階建ての低層の建物に囲まれ、人工物の密集地域のオアシスともいえる場所であった。ギリシャのこの時期は晴天の日が多く、外出は心地よい。

写真 筆者撮影 2014年10月
この都会のオアシスともいえる広場の片隅に、小さな教会を発見した。

写真 筆者撮影 2014年10月
アギオス・エレフテリオス教会
この小さい教会はプラカホテルから歩いて数分の広場の片隅にあった。とてもシンプルな造りで、ビザンチン建築の原型を示していると感じさせた。
12世紀に建造されたとされる。特色は、正方形またはギリシャ十字形の平面、その中心にドームがある。ドームを支える吹き抜け天井の壁と採光部は、8角形である。

写真 筆者撮影 2014年10月
屋根の改修工事中であった。風格がある建築だ。

写真 筆者撮影 2014年10月
芸術作品の数々

写真 筆者撮影 2014年10月

写真 筆者撮影 2014年10月
ギリシャ正教らしい雰囲気がする。

写真 筆者撮影 2014年10月
ホテルに戻り、客室の窓の真下をのぞくと、ビザンチン建築の小さな教会を発見した。後世に作られた建物群に侵食され、出入り口が切り取られてしまっている。それにしても、今まで、解体や移設をまぬがれ、ここに存在し続けていたことに、奇跡を感じる。貴重な遺産と言って良い。

写真 筆者撮影 2014年10月
アクロポリスの丘の絶景
プラカホテルの客室は各階に全部で10室ほどある。そのうち南に面してアクロポリスを拝められる方位にある部屋は、たった2部屋しかない。事前にそれを知っていたので、部屋を指定して予約を行なった。(矢印の方向がアクロポリス)。
建物が建て込んだ下町ブラガ地区のこの3星の小さなホテルは、アテネの他の高級5星ホテルに勝る宿であったといえる。

ホテル客室の窓から絶景を堪能
夕方のアクロポリスの丘

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月
夜間のアクロポリスの丘
どう表現したらよいのだろうか? とても神々しい。

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月
夜間のアクロポリスの丘
パルテノン神殿もバッチリ、ライトアップされている。自慢の写真です(笑)。

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月
翌早朝のアクロポリスの丘
朝起きて窓の外を見ると、青い空のもとに、朝日に輝くアクロポリスの丘とパルテノン神殿がそこにあった。感激!

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月

ホテルの客室から 筆者撮影 2014年10月
早朝、客室からアクロポリスの丘、東側の絶壁を見る。

ホテルの部屋より写真 筆者撮影 2014年10月
この後朝食を済ませ、アクロポリスの丘に登上します。
どんな光景が展開するのだろうか?